裏階段 三谷編 20 - 22


(20)
不思議だがあんな仕打ちを受けても伯父の死は悲しかったのだ。そして、身内ですら厄介払いが
出来たという表情を隠さない中であの人も悲しげな眼をしていた。その眼で語りかけて来た。
「わたしも弱輩ものだ。まだまだ分からないことが多すぎる。君に囲碁の何を教えてあげられるか
よく分からない。…共に学んでいこう。」
若手から中堅に差し掛かり数々のタイトルのリーグ入りの常連でありながら
本心からそんな言葉を、それこそどこの馬の骨ともしれない子供に与えられる人だった。
伯父が意識的に何度かその人を自宅に誘い、碁を打つ事を依頼していた事を後で知った。
自分の身に何かあった時に甥っこを託せる相手はその人だけだと確信し、引き合わせようと
していたものだったらしい。自らそう選択しながら自ら苦しんでいた。
伯父はそういう不器用な人間だった。囲碁において、人生において。

彼の体毛から指を離し、再度彼の両手首をベッドの上に組み敷き彼の中を突き上げる動きを速める。
「ハアッ…うああ…あ、ンああっ…!!」
彼の分身が充分に熱を持ち高まりきる寸前なのは分かっていた。激しく動き揺さぶり、彼の
奥部が精を吐き出そうとうねり内圧が上がる。その間際にこちらの動きを止めた。
「う…うっ!」
意図的にはぐらかされた事を悟った彼は、恨みがましい眼でこちらを睨んで来た。
ハアハアと互の呼吸音と視線だけの会話となる。彼は早くその瞬間を欲しいと望み、こちらは
今のこの状態をもう少し続けると伝える。しばらく睨み合った後、勝手にしろ、と彼は視線を
反らした。ただ無心に時を刻むように熱く鼓動が脈打つ彼の内部が、今は心地よかった。


(21)
彼の中に入ったまま彼の肩の下に腕を入れて彼を抱き締めた。
まだ機嫌を損ねた様子で横を向いていた彼の顎を手で捕らえて優しく口付ける。
種火を落とさぬ様彼の奥の特別な箇所を甘く刺激し続ける。
若い性は限界に来ていた。水を抱えた風船のようにほんの僅かな衝撃で弾ける寸前だった。
彼の唇は呼吸を求めて逃げ、それを追って塞ぐ。それをくり返しようやく彼はこちらの
要求に応じて口の中を解放する。彼の吐息も舌も未だ甘い。
取り引きのようにこちらの舌の動きに合わせて彼の方からも舌を絡めてくる。
幼く桜色に上気した頬と反抗的な光は鳴りを潜めた潤んだ瞳で再度こちらに哀願してくる。
一瞬迷い、こちらの都合は置いておいて彼を一度楽にしてやる事にした。
唇を塞いだままこちらが激しく動き出すと幾らも経たない内に彼の内部が熱くうねり、
痙攣しだした。譲歩した代わりに彼の声を封じた。

「先生」と呼ぶと、その人は少し戸惑うような笑顔を見せた。縁側が柔らかく日差しに輝く
六畳間の一室を自分にとって初めての門下生となる少年に与えた。「古くて申し訳ないが」と断り
自分が愛用していた机と椅子をそこに運んだ。
当時から「先生」の自宅には多くの棋士仲間が集い交流していた。そこに集う人々も皆明朗で闊達で
優しかった。自分がその中に居る事が許されていることが不思議だった。
朝目を覚ませば陰うつなあの自分を縛り付けた床の間の柱があるシミだらけの畳の和室のままであり
全て伯父に抱かれる途中で気を失った自分が見ていた夢なのではないかと思った。
碁を打つ度にオレの中で死んでいない伯父が蘇る。そして碁の他に伯父が厄介なものを
オレの体に遺していったせいだった。


(22)
ただその事を思い知るのはもう少し後の事である。
中学校は「先生」の母校を勧められた。「先生」とそこの学校長とでの話もついていたらしい。
が、結局他の学校に通う事になった。父親が選んだところだった。でももうそんな事はどうでも
良い事だった。「先生」はそれを親の愛情だといい週末の土日だけは自宅に戻る事を提案し、
オレはそれに従った。自宅に帰っても家族が居るとは限らない事が多かったがそんな事は「先生」に
伝える必要のない現実だった。あの人の元で碁を学べる。それだけで十分だった。
凍り付いていた時間は縁側から差し込む陽の暖かさで急速に溶かされていった。
伯父から学んだ打ち方が何の一片も残す事なく自分から抜け落ちるとは思わなかった。
早朝「先生」と共に起き一局を打つ。「先生」より早く起きたかったがそれはかなわなかった。
深夜に酔って帰って来た伯父に叩き起こされて碁を打たされた日々が日差しの光を浴びる毎に
薄らいでいくようだった。伯父が遺していったものが碁の精神と技術だけだったなら、
少なくとも知らず知らずに体が学び取り体に染み付いたものがそれだけであれば幾らでも
新たに学ぶものによって変化させ発展させあるいは凌駕していけたのだが。

彼の両手がこちらの肩を掴んで爪を立ててきたが皮膚に食い込むほどの力はなかった。
比較的長く続いた絶頂感を知らせる痙攣の後、締め付けるようにこちらの腰にかかっていた
彼の両足から力が抜けていき、同様に彼の両手がこちらの肩から滑り落ちていった。
強引に重ね合わせていた唇を離すと一瞬嗚咽のような彼の吐息が漏れたが彼自身がすぐに
制した。下腹部で彼が放った精の生温かさがこちらのシャツを通して伝わってくる。
彼は未だ自分の中で何ら変化を見せないこちらの存在に自分がまだこの場所から解放されない事を
感じとったようだった。



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