光彩 20 - 23


(20)
いつもの碁会所で、ヒカルはアキラを待った。
アキラはこなかった。
どうしたのだろうか?
アキラとは毎日あっているわけではなかった。
それなのに・・・。
ヒカルは理由もなく不安になった。
その漠然とした不安を払うように、首を振った。
アキラにだって、いろいろと事情があるのだ。
自分だって、アキラ以外の友人とのつきあいがあるじゃないか。
自分に言い聞かせた。


だが、次の日も、その次の日もアキラは来なかった。
アキラとヒカルの指定席。
そこに、いつものヒカルらしくもなく、しょんぼりと座っている。
その姿に、碁会所の常連たちも声をかけかねていた。

さすがに一週間も会えないと、アキラに何かあったのではないかと考えた。
アキラに地方のイベントの仕事は入っていない。
この間あったときは、そう言っていた。
急な仕事でも入ったのだろうか?
でも・・・。
悪い想像が次々浮かぶ。
ヒカルはあわててアキラの部屋へ向かった。
勉強のために、アキラが一人で借りているアパートだ。
碁会所からそう遠くはない。
インターフォンを何度も押した。返事がない。
ドアをドンドンと叩いてみたが、人のいる気配はない。

やっぱり、病気か何かで自宅の方に戻っているのかもしれない。
心臓がつぶれそうになるくらい必死で走った。
ようやく辿り着いた。
インターフォンから、誰何する声が聞こえてきた。
息を切らせながら名乗った。


(21)
しばらくして、年輩の女性が出てきた。
アキラの両親は現在日本にいない。
親戚の人に頼んで、月に何度か家の手入れをしてもらっていた。

彼女は、申し訳なさそうにヒカルに言った。
今日はアキラは外出していて、帰る時間もわからない・・・と。
ヒカルはホッとした。
どうやら、アキラは病気ではないらしい。
よかった。
あれこれ考えて、一人で勝手に不安になって馬鹿みたいだ。
アキラにはアキラの都合があるのだ。
いつも、ヒカルをかまっているわけにはいかないのだ。
少し悲しい気もしたが、アキラが元気なようで安心した。

ヒカルは、元気よく挨拶をしてその場を去ろうとした。
ふと、視線を感じた。
誰かが見ている?
顔を上げた。二階のアキラの部屋が目に入る。
同時にカーテンが引かれた。

アキラが自分を避けている?
その考えは、ヒカルを絶望的な気分にさせた。

どうして?アキラに返事をしないから?
アキラが普段と変わらないように振る舞っていたのは、
ヒカルをせかしていないと言うことではなかったのか?
それは自分勝手な思い込み?
それでオレに腹を立てているの?

「塔矢・・・。」
自分はアキラに見捨てられたのだ。
世界が粉々になったような気がした。


(22)
ヒカルがアキラに会いに来ている。
部屋の外から、伯母がそう告げた。

彼女が塔矢家を訪れたとき、無人のはずの家の中にアキラがいた。
アキラの様子が変だった。
いつもの彼らしくなく、話しかけても生返事しか返ってこない。
それを深く追求するのも憚られる。
アキラはプロ棋士だ。
自分にはわからない悩みがあるのだろう。
しかし、いつから帰っていたのか、食事をとった形跡もない。
アキラの表情は暗く、顔色も悪かった。
彼女はアキラを一人にしておくのは不安だった。

「いないと言ってください。いつ帰るかもわからないと・・・」
伯母は何か言いたそうだったが、ため息をついて階下へ降りていった。
窓からそっと覗いた。
伯母がアキラの言葉をヒカルへ告げているところだった。

「進藤・・・。」
ずいぶんあっていなかったような気がする。
実際には、たったの一週間だ。
アパートは碁会所から近い。
ヒカルに偶然あうのが怖かった。だけど、あいたくて仕方がない。
アキラは緒方の所から、直接自宅へと戻ってきた。

大好きなヒカルの笑顔。
あいたくてたまらなかったヒカルがすぐ側にいる。
涙がでそうだった。
大声でヒカルを引き留めたかった。
階段を駆け下りて、ヒカルを抱きしめて・・・。
・・・できなかった。

ヒカルが、突然、アキラの方を見た。
視線がぶつかる前に、あわててカーテンを引いた。
ヒカルのまっすぐな視線を見つめ返す勇気はなかった。


(23)
道行く人が心配そうに振り返る。
知らないうちに涙を流していたらしい。
袖口でぐいっと涙を拭った。
しかし、涙は後から後からあふれ出てくる。

こんなに泣いたのは、佐為を失って以来だ。
あのときは佐為を探し回っていた。必死だった。
それでも、見つからなくて・・・。
そして、佐為に別れを告げた。
でも、アキラはいるのに。すぐ側にいるのに。
ヒカルを拒絶している。
涙が止まらなくなった。

佐為が恋しかった。
佐為の優しい声が聞きたい。
―大丈夫ですよ ヒカル―
そう言って、慰めて欲しかった。

どこをどう歩いたのかは覚えていない。
無意識のうちに緒方のマンションの前まで来ていた。



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