平安幻想異聞録-異聞- 203 - 204
(203)
翌朝、出仕した佐為を待ち受けていたのは常ならない内裏の喧騒だった。
事情がわからず戸惑う佐為を賀茂アキラが内裏の外に連れ出した。
「いったい何の騒ぎです?」
「梅壺様が倒れられたのです」
「梅壺様が?」
アキラの話によれば、夕べ子の刻程だろうか、突然、帝の後宮の宮の
ひとつである凝華舎に雷が落ち、その直後、そこに住まわされている梅壺の
女御が倒れた。慌てて駆けつけた女房は、その梅壺の女御の頭に子供ほどの
大きさの鬼が二匹取り付いているのを見たという。女房の悲鳴に驚いた衛士が
駆けつけた時にはすでに鬼の姿はなかったが、梅壺の女御はそれきり目が
さめない。
「それで、僕達が呼ばれました。陰陽寮の人間が総出で祈祷をしてますよ。
僕も今朝、貴方と別れて家で寝つき、一刻もしないうちに起こされました」
そういえば、アキラの目の下には連日の壺探しによる以上のクマがある。
「梅壺様は確か今、帝の御子を身ごもってらっしゃると思いましたが」
「しかも、あの方は藤原行洋様の姪でいらっしゃる。…先ほどから藤原様も
珍しく青い顔をして清涼殿に詰めておいでですよ」
その梅壺女御が何らかの呪詛により倒れた。
いったい、その呪を放ったのは誰なのか?
「中途半端な呪詛ではありません。普通は誰かを殺めようとなどと考えても、
こうは急に倒れたりしないものです。少しずつ体が弱り心が弱りして命を
やせ細らされていくものです」
「よほど、力にたけた術師のしわざでしょうか?」
佐為の言葉にアキラは小さく首を振った。
(204)
「それほどの力を持った者ならとっくに殿上の陰陽師にも名を知られている
でしょう。よしんば、名もない外法の術師が呪をかけたのだとしても、
これだけの大規模な呪法をおこなえば、陰陽寮のだれかが儀式の気配
に気付きます。まぁ、抜け穴がないこともないのですが」
「抜け穴ですか?」
「はい。この方法なら、力の劣る陰陽師でも大きな呪を放つことができます。
――僕達が式神を呼びだし契約して主従関係を結ぶように、もっと力の大きな
異界のものを呼びだして契約を結び、それに人を呪わせるのです。もっとも、
その魔物が納得するだけの、それ相応の代償を用意することが必要ですが」
話を聞きながら佐為は、ふと母のことを思い出していた。自分の母も帝を
呪った呪詛を放った者として死に追いやられたのだ。
「行きましょう、佐為殿」
アキラの方を見ると、その手には大きな袋が握られ、そこから鋤や何かの
柄が見えて、彼がこれからすぐにでも例の蠱毒の壺をさがしに行くつもりなのが
わかった。
「いいのですか、アキラ殿? 陰陽師としての御仕事があるのでは…?」
「この件のせいで内裏は今、陰陽師だらけですよ。僕ひとりぐらい消えたって
わかりはしません」
二人は、連れ立って歩き始めた。アキラがそのつもりなら、佐為も一度家に
帰って探索の道具を持ってこなければならない。
「佐為殿…、もし今夜中に壺が見つからなければ、式神を飛ばして近衛に
直接例の場所を聞きだしましょう」
道すがら、小声で語りかけたこの年若い陰陽師の顔を、佐為は怪訝そうに見た。
「しかし、アキラ殿。昨日、3日ほど間を開けたいとおっしゃられたばかり
では……?」
「事情が変わりました。――このままでは、近衛の命が危ない」
|