平安幻想異聞録-異聞- 205
(205)
その夜、ヒカルの元に現れたのは、年若い公達だった。
今日は物忌みだとかで、座間が参内を休んだので、昼間はゆっくりと休めたが、
体に残る気色の悪さが、日中もヒカルを苛んだ。何より、あの魔物の腕の中で
声をあげてよがっていた自分が信じられなかった。
なにか、たちの悪いまじないでも掛けられたようにいつの間にかあの女の元に
引き寄せられ、途中何度か正気に返る隙はあったものの、体だけでなく、
心まで押し開かれるように奪われ、意識を朦朧とさせているうちに、女の
なすがままになっていた。
あの蠱毒の蔦や、座間の薬によって、無理矢理押し上げられる感覚とは違う。
心ごと向こう側に攫われてしまう感じだった。
――今夜は、どうだろう?
自分の部屋の奥、昨日の女と同じように忽然と暗闇から出現した男の
姿に、ヒカルは体を緊張させた。
男は高貴な身分の者しか着用を許されていない濃紫の束帯を着ていた。
すらりと背が高く、色白で、顔はまあ、美男子と言っていいだろう。だが、
その瞳は金の虹彩、黒目は女と同じく、横長につぶれた形をしていた。
ヒカルは手元に置いていた太刀を取った。座間から与えられた刃が潰されて
いるものではあったが、何もないよりはましだ。
太刀を抜こうとしてヒカルは愕然とした。抜けない。まるで漆喰で塗り固め
られてしまったように、びくともしない。ヒカルは男の方を見た。それは、
雅び…と、言ってもいい微笑みをその顔にたたえていた。
大きな音をさせて、太刀がヒカルの手から離れ床に落ちた。
見えない糸を使ってたぐり寄せられるように、ヒカルは男の側に歩み寄って
いた。
男が、両手を広げて、その体を腕の中に迎え入れ、抱きしめる。
体に回された手が、やわやわと腰をなでさすった。
着衣の上から、肉付きの薄いその部分にじっくりと施される愛撫に、
徐々に呼吸が熱くなる。
そこから起こる快楽が、ひたひたと沖から打ち寄せる波のように、背筋を
這い登り、ヒカルの体に広がっていくのだ。
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