平安幻想異聞録-異聞- 207
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鬼はカエルのように大きな口をして、土気色の肌をしていた。
唇の端から黄色い牙が覗いていた。
鬼に手を押さえつけられながら、それを振りほどこうとするヒカルを、
のしかかる魔性の男が、うっすらと流麗な笑を浮かべて眺めていた。
まるで、この暴れる獲物をどう料理しようか楽しんでいるようだった
ヒカルは今の今まで自分がこ魔物に心を奪われていたことに気付き、
あらためて悪寒に身を震わせた。
さっきも、昨日の女もそうだった。この魔物は人の体だけでなく、心も操るのだ。
そうやって、ヒカル自身が知らぬうちにヒカルを自分の腕の中に招き入れ、
精気を貪りつくすのだ。
男がついに獲物の料理の仕方を決めたらしい。
あざやかに笑って強くヒカルを抱きしめた。
胸の中に直接手を入れられるような奇妙な感覚、ヒカルはうろたえて、
抗うように男の体を肩で押しのけようとしたが、すでにその時、
人の心をもあやつる魔物は、ひとつの心象をヒカルの頭の中に送り
込んでいた。
(――佐為!)
突然、佐為に抱きしめられているような錯覚が起こった。そんなはずないと、
こんな所に居るわけがないと分かっているのに、その腕の温もりは確かに
佐為のもの。浅く菊の香の混じった薄い汗の匂いは確かに佐為のものとしか
思えないほどに生々しい。
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