日記 208 - 210
(208)
アキラが戻って来たとき、ヒカルはもう眠っていた。その顔色があまりにも白く、静かだったので、
慌てて駆け寄り、ヒカルの顔を覗き込んだ。
小さな寝息が微かに聞こえて、アキラはホッと安堵の息を吐いた。額に触れ、熱を測る。
「………少し、熱いかな?」
ヒカルの体調がよくないことを知っていたのに、無理矢理引き留めてしまった。そのことも
あって、アキラは必要以上に過敏になっていた。
「寝てるときしか触れないんだな…………」
髪を梳くと少し湿り気を残した髪が、さらさらと指の隙間から零れていく。
肉の落ちた頬に触れると、ヒカルは「ン……」と、小さく身動ぎした。が、目を覚ます気配はない。
ヒカルの中に抗えない危険な艶麗さを感じていたが、それでも寝顔は以前のまま、あどけなかった。
ずっと寝顔を見ていたかったが、明日のこともあるし、そろそろ自分も眠らなければいけない。
「おやすみ…」
ヒカルの額にそっと唇を落とす。瞼が微かに震えた。
ベッドからそっと離れて、マットレスに横たわった。
(209)
横になったものの、すぐ側にヒカルが眠っているのかと思うと、眠れるものではなかった。
耳を澄ますと、柔らかい寝息や、微かな衣擦れの音が聞こえてくる。
―――――手を伸ばせば、彼に届くのに………
アキラは、ベッドの方に背中を向けて、無理矢理目を閉じた。
ウトウトしかけたとき、ベッドで人が蠢く気配がして、アキラはそちらに意識を向けた。
ヒカルがベッドから降りてアキラの傍らに佇んでいる。目を開ければ、彼が逃げてしまうような
気がして、アキラは目を閉じたまま息を殺した。ヒカルは、アキラの枕元に跪いて、自分の
顔をじっと見つめている。
ヒカルの繊細な指が自分の髪にそっと触れた。愛おしげに撫でる指先が、髪から、額、頬へと
移っていく。ヒカルは確かめるように、アキラの顔の上に指を滑らせた。暫くそうしていたが、
彼は小さく息を吐くと、またベッドへと戻っていった。
ヒカルは一晩のうちにそれを何度も繰り返した。アキラに触れてはベッドに戻り、そして
また自分の枕元に跪いた。
自分がどこにいるのかを確認するために……………アキラがそこにいるのを確かめるか
のように…………
ヒカルは、繰り返し繰り返し、まるでビデオを巻き戻すかのように、同じ動作をなぞっていた。
そして漸く安心したのか、ヒカルは今度こそ本当に眠ったようだった。安らかな寝息を
聞き届けてから、アキラも眠った。
(210)
目を覚ましたとき、アキラはもう身支度を調え、出かけようとしていた。アキラが自分に
気が付いて、笑みを投げてきた。
「おはよう。起きたのかい?もっと寝てればいいのに………」
「塔矢、出かけるの?」
そんなつもりはなかったが、寂しい気持ちが態度に出てしまった。アキラが眉を曇らせる。
「うん。どうしても外せない仕事が入っていて………」
本当は、今日一日アキラの側で過ごしたいと思っていた。特に何かしたかったわけでも
ない。
ただ、自分の視界にアキラをとどめておきたかったのだ。
「コレ、朝食。ヨーグルトなら食べられる?」
アキラが差し出したコンビニの袋を受け取って、
「何時に帰ってくるの?」
と、必死に訊ねる。縋り付きたいが、その一歩が踏み出せなかった。
「夕方までには帰るよ。それまで、ここにいてくれる?」
ヒカルは何度も頷いた。
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