平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 21
(21)
「どうしたんだよ?」
ヒカルは怪訝そうな顔で問い掛けたが、佐為はかまわずに庵を出て、渓流に降りた。
頭を冷やして、心を落ち着けたかった。
渓流に降りてその浅瀬に寄り、しゃがんで水をすくって顔を洗った。
あの少年が自分に一途に寄せる想いを知りながら、自分はこれ以上、彼に何を
求めようというのだろう。
自分の欲望には果てがない。
足元の川面は、急な流れの中心とは離れ、ひたひたと浅いせいか、まるで水たまりの
ように佐為の顔を映し出していた。ヒカルが言うように美しいなどとはとても
思えない。
鬼のような顔だと思った。
欲に歪んだ醜い顔だ。
昔、母に聞いた話を思い出した。山奥に醜い鬼だか物の怪だかが住んでいて、その
物の怪は水を飲むために池や川に降りてくるのだが、水面にうつる自分の醜い姿に
怯えて水に口を付けることが出来ない。だから物の怪は、ずっと喉の渇きに
苦しみ続けるのだという、そんな話だった。
庵に戻ると、ヒカルも既に衣服を整えて、縁側に座って佐為を待っていた。
口の中で小さく、また鶯の谷渡りの数を数えているようだ。
佐為は、そのヒカルに少し距離をおいて座って、声を掛けた。
「今日は北の鶯はどうですか?」
「うん、やっぱりあいつが一番よく鳴くよ」
その時、近くでまたあの鳥の声がした。
――キュロロロロロロ………ン
――ルロロロロロロロロ…………ン
「赤翡翠だ!」
ヒカルが、その姿を探すように首を巡らせた。
声は庵の東から渓流の方へと移動してく。
「探しにいってみましょうか?」
「うん、行こう!」
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