敗着 21 - 22


(21)
日はとうに暮れていた。
部屋の照明の下では、学ランの黒は妙にリアルだった。
「・・・・送っていってやろうか?」
身支度を整える進藤の顔を見ないようにして、的外れなことを訊いた。
「・・・・・」
答えずに無言のまま機械的に衣服を身に着けていく。
「チャリン」
何か金属質の物が床を叩いた。
「あっ・・・」
弾かれたように振り向いた進藤が、慌ててそれを拾おうと身を屈めた。
──部屋の鍵だった。
進藤の手をすり抜けるようにして拾い上げた見覚えのあるそれは──
「・・・・この部屋のもやろうか?」
鍵を渡そうと手を差し出し冗談半分で言った時、目が合い進藤の顔がカッと紅くなった。
「返せよ!」
叫ぶと同時に手から鍵を奪い取ると、背を向け玄関を飛び出して行った。後には廊下を走って行く足音だけが聞こえた。

──アイツは何をしに来たんだ?
ベッドの縁に腰掛けると、胸ポケットに煙草を探す。
隣の部屋にあることを思い出し、
「チッ」と短く舌打ちすると、動くのも煩わしくごろりと横になった。
ガキはガキ同士、乳繰り合ってるがいい・・・・
これに懲りて二度とこの部屋を訪れることもないだろう。
そう考えて起き上がると、シーツを替えようと手を伸ばした。
「・・・・」
進藤の寝ていた場所はしっとりと湿っていて、二人の行為が現実のものであったことを思い起こさせた。

・・・・オレは一体、何をしてしまったんだ──。
何かを間違えた。
何かが狂っていくことを示唆するものが、頭の隅で小さく点灯していた。
肉体的な疲労感だけではない、重苦しい絶望と後悔の念が肩にのしかかり、思わず手で顔を覆った。


(22)
──進藤、君は、緒方さんの部屋で──
握り締めた手に爪が食い込む。体中の血が煮えたぎり、逆流しているようだった。
──僕の、僕のせいだ
後悔の念が押寄せ、目眩がする。
ボタンを押す間ももどかしく、エレベーターに飛び乗り彼の部屋を目指した。
思いきりドアを叩き呼び鈴を幾度も鳴らす。
「アキラくん──」
何食わぬ顔で緒方が顔を見せた。
「緒方さん・・・っ!」
「どうした・・・?怖い顔をして」
体を折り頬にキスをしようとして、耳元で囁いた。
「──あがっていくか?」
カッと込み上げた怒りに咄嗟に振り上げた拳が、あっさりと交わされ腕をねじ上げられる。
「痛っ・・・」
「・・・・囲碁とお勉強しかやってきてないお坊ちゃんが、威勢が良いな」
自分の欠点を指摘されたようで、顔に血が昇っていくのが分かる。
「断っておくが、進藤とは合意の上でだ。オレが誘ったわけじゃない。ただ──、」
(──ただ?)
「君の代わりをすると言っていたがな」
(───進藤)
目の前の世界が色を失っていく。
面白がり、わざと神経を逆なでするような言葉を続ける。
「アイツは、なかなか良かったよ───つ・・・、」
緒方の頬を思いきり引っ叩くと、踵を返し走り出した。

                                <了>



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