平安幻想異聞録-異聞- 21 - 22
(21)
「ヒカル!駄目って言ったら、駄目です!」
「やだ!絶対行く!」
次の日の朝、ヒカルはきちんと目を覚まし、佐為が差し出した粥を食べた。
その時はまだ、まるで自分がどうして此処にいるのかさえ判っていないような
ぼんやりした表情だったが、佐為がその食事の後、
ヒカルを近衛の家に送ってから内裏に出仕する、と言ったら、この騒ぎになった。
ヒカルは、自分もいつも通り佐為の護衛として内裏に付いて行くと言いだしたのだ。
「まだ、熱だって下がってないのに無理に決まっているでしょう!」
「無理でも行く!」
「だいたい、もう立てるんですか?!」
「う……」
ヒカルは口ごもった。この時とばかり佐為はまくしたてる。
「太刀をふるうどころか、体を動かすのだって満足にできないでしょう!
そんなので私を守るなんていうつもりなんですか?
おとなしく自分のうちに帰って休んでいなさい!」
「でも…」
「でも、なんです?」
思いきったようにヒカルは口を開いた。
「内裏に行けば、座間や菅原がいるじゃんか!
あいつらに佐為を一人で会わせたくないんだよ!」
佐為は目を見開いた。やはり彼らがヒカルをあんな目に合わせた
犯人なのかと思うより先に、(あんな目に合わされながらも、
それでも彼らの前から、身を張って私を守ろうとしてくれているのか、この子は…)
と、そんな思いで胸がいっぱいになった。
だが、それでは尚更、ヒカルを内裏に連れて行くわけにはいかない。
だから佐為はヒカルを問い詰めた。
「では、やはり一昨日、あなたを襲ったのは座間殿の手の者なのですね」
ヒカルは一瞬、その瞳を揺らしたが、佐為から視線をそらすことはしなかった。
(22)
「……わかりました」
佐為の言葉にヒカルがパッと顔をあげる。
「私も内裏に行くのをやめます」
「はぁ〜〜〜〜??」
驚いて立ち上がりかけたヒカルだが、まだギシギシという体と、
ほとんど感覚がないままの下半身ではそれもかなわず、
目の前の佐為の腕の中に崩れ倒れる形になってしまった。
佐為はその細い体を胸で受け止めた。
「ヒカルを近衛の家に送っていって、そのままヒカルが床から逃げ出さないか、
ずっと見張っていましょう」
「な、何言ってんだよ、おまえ。仕事ざぼるつもりか?」
「ヒカルじゃあるまいし…。ちょっと風邪を引いたことにするだけです」
「それをさぼるってんだよ!」
「もう決めました。ヒカルがなおるまで、私はヒカルの傍に付いていることにします」
「治るまでって…、そんなのお前みたいな重要人物に許されるわけないだろう!」
「重要人物でも風邪はひくし、風邪をひいたら仕事は出来ないんです」
「帝の囲碁指南は!」
「帝に風邪が移っては大変ですからねぇ」
「だけど…!」
「それにね、ヒカル」
ヒカルの目の前で、佐為の美しい顔が、花が咲くようにほころんだ
「今の私には、帝より、ヒカルの事の方がずっと大事なんですよ」
ヒカルは、黙って、香の焚きしめられた佐為の白い狩衣の胸に顔をうずめた。
佐為はズルイ。
そんな風にやさしく甘やかされたら、もう自分には何も言えないじゃないか……。
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