黎明 21 - 22
(21)
「ではそなたは彼に何を与えられるというのです?」
「そなたの望むものは何です?」
あの屋敷で、問い掛けられた問いが甦る。
僕が望むもの。
彼の笑顔。日の光のように明るく力強く健やかな近衛光。
僕が恋した彼は、僕が焦がれた彼は、そういった存在だ。
こんな抜け殻のような彼を手にしたからといって、それが何になる。
そんなものが欲しい訳じゃない。
随分と強欲な奴だ、と、闇の声が嘲るように囁く。
何もかもを望むままに、その通りでなければ欲しくはないとでも言うのか。
何様のつもりだ。
それの何処が悪い?彼の笑顔がもう一度見たいと、思うことのどこが悪い?
悪いともよ。あいつがおまえのために笑わなきゃならない理由なんてどこにもないだろ。
それがなんだ。強欲だろうとなんだろうと、それでも僕はそれが欲しいんだ。
違うね。おまえは、こいつがおまえを見ないから、その嫌がらせにこいつの望むものを与
えないだけだ。
違わぬと言うのならば、つまらぬ意地など張っていないで、さっさと抱いてやれ。
闇の声がそそのかす。
己の内の声に、必死に耳を塞ぎながら、彼を抱く腕に力を込めた。
望んだものは、熱い人肌と甘い夢。
それは確かに彼の望んだものだったのかもしれない、と思う。
他ならぬ自分がまた、それを切望するのだから。
そうして僕は彼から、例えまやかしとはいえ夢と安寧を奪っておきながら、代わりに自分
が彼に与えられるものなど何もないのだ。彼がどんなに望んでも、己自身を彼に与えてや
ろうなどとは思わないのだ。
(22)
心の内に隠した欲望を告げる声に耳を塞いで、また彼は夜の闇に彷徨い出る。
己の熱を鎮めるように冷水を頭から全身に浴びせかけ、それから悲痛な面持ちで天を仰ぎ
見ると、ざあっと風が吹き荒れ、草木を揺らし、彼の身を震わせた。月のない夜の空を叢
雲が流れて星を遮り、風がざわざわと木々を揺らした。
闇は深い。この先、朝が訪れる事など信じられぬほどに、この世は暗い。
けれど夜はいつかは明けるとわかっているから、夜の闇には耐えられる。だが人の抱えた
闇は、明ける事はあるのだろうか。彼を、彼の堕ちた闇からまた日の光の下へと連れ出す
事ができるのだろうか。そして自分は、自分の抱えたこの闇に飲み込まれずにいられるの
だろうか。
|