失着点 21 - 22
(21)
喉がひどく乾いていたので、ヒカルは水を求めてアキラの手の
ミネラルウォーターのペットボトルに手を伸ばした。
アキラはヒカルに渡そうとはせず、自分の口に含むと再度口移しで
ヒカルに飲ませた。2度、3度と。ヒカルが「もう、いい。」と言うまで。
そしてヒカルはようやく眠りにつく事が出来た。
アキラが身支度をする気配で目を覚ますまで。
そんなに時間は経っていないはずだった。だが窓の外には明け方の光が
差し始めていた。
「ごめん、…起こしちゃったね。」ネクタイを締めながらアキラが
すまなそうに微笑む。
「今日仕事あったのか…。こんなに朝早くから…。」
「まあね。」
そう言ってアキラはいつの間に買ってきたのかテーブルの上の
コンビニの袋を指す。
「どんなものがいいのか良く分からなかったけど、適当に食べていって。」
「…悪いな。」
ヒカルはまだ、動けそうになかった。
「ゆっくり寝ていけばいいよ。ヒカル、これ…。」
アキラが差し出したのは部屋のカギだった。
「スペアを作っておいたんだ。…いつでもおいでよ。」
(22)
アキラはカギをキッチンのテーブルの上に置いて一度玄関に向かい、
何かを思い出したように戻ってきてヒカルの唇を軽く吸った。
そしてヒカルに微笑みかけると部屋を出ていった。
アキラが出たすぐ後にヒカルは重い体を引きずるようにベッドから下りると
服を着て、カギを手にとり部屋を出た。
重く冷たい色のドアにカギをかける。
まだふらつく頭で早朝の道路に出ると、アパートのすぐ脇に幅のある
用水路が流れているのに気がついた。
ヒカルは手の中のカギをその中へ投げ捨てようとした。
投げ捨てようとして手を振りかざした。
が、出来なかった。
「…くっ。」
唇を噛み締めるとカギごと両手をズボンのポケットに突っ込み歩き出す。
一度置いた石を取り除くことは出来ないのだ。
―たとえそれが、狂った日常への一手だったとしても。
〈失着点:終わり〉
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