甘い経験 21 - 24


(21)
誰かの声が聞こえる。悲鳴のような、泣き声のような、けれど確かに甘い愉悦を含んだ声が。
それが自分の口から発せられた声である事にもヒカルは気付かず、全身を熔かすような熱い
坩堝に身を委ねた。身体を揺さぶる動きが次第に激しくなる。
全身を揺さぶる熱いうねりについに臨界点に達したヒカルは、痙攣させながら熱い体液を放出
すると同時に体内の灼熱の固まりをきつく締め付けた。
それが自分の中で暴れるように熱い熱を吐き、なおも余韻でビクビクとふるえ、そうして自らの
痙攣が去る頃に、力を無くしてずるりと体内から這い出るのを、ヒカルは遠い意識の向こうに、
感じていた。
そして自分の上に熱を持った肉体がずっしりと覆い被さる。けれどヒカルはその重さを、汗の
臭いを、荒い呼吸に合わせて上下する胸の動きを、そしてその動きが次第に緩やかになって
行くのを、心地良く受け止めた。
「しんどう…」
まだ熱に浮かされているような擦れ声が、ヒカルを呼ぶ。
「…すきだ…」
アキラの手がヒカルの顔の輪郭を探り、ヒカルの手がアキラの顔をそっと支えて、唇と唇を
重ね合わせた。


(22)
シャワーを浴びた方がいい、そう言われて、ヒカルはアキラに抱えられるようにして浴室へ
連れて行かれ、全身を清められた。

浅い呼吸を繰り返しているヒカルを部屋に置いてアキラは一旦姿を消し、それから、コンビニ
で買ったスポーツドリンクを手にして戻ってきた。
きゅっと蓋を捻ってから、それをヒカルに手渡す。ヒカルは力のよく入らない手でそれを受け
取ったが、持ち上げて口元まで持っていくのも億劫だ。その様子を見てアキラがそっとペット
ボトルを取り上げ、中身を口に含んで、口移しにヒカルに与えた。
最初の一口が口の中を潤おし、二口目が喉にしみとおり、三口目でやっと、飲んだ気になれた。
ふうっ、と一息ついた。だが渇きはまだ癒えていない。
ヒカルが手を差し出すと、アキラが微笑んでペットボトルを渡した。今度はちゃんとそれを自分
で口元まで持っていき、ごくごくと喉を鳴らしてドリンクを飲むと、ヒカルは大きな息をつき、とん、
と音をたてて残り僅かになったペットボトルを床に置いた。
それを見て、アキラがヒカルの額に軽くキスしてから、残りを全部飲み干した。
ほのかに甘いスポーツドリンクが胃から全身に染み渡ったよな気がして、ヒカルは、ようやく
呼吸を整えることができた。そして、ちらりと横に腰を下ろしたアキラの顔を見ようとしたら、
アキラが自分を見て微笑んでいたので、慌てて目を逸らした。
なんだか、いいように扱われてしまったようで、悔しい。その笑みにそんな風に感じてアキラを
睨みあげると、アキラはそんなヒカルをなだめるように優しく笑っている。
その余裕の笑みが余計に癪に障った。
ヒカルが落ち着いたのを見てアキラがつと立ち上がり、ヒカルの正面に廻って座り直した。
そして、
「進藤、」
と呼びかけた。


(23)
「今日の事、怒ってるか?…イヤだった?」
急に真顔になってそんな事を聞いてきたアキラにどう答えていいかわからず、ヒカルはただ
首を振った。
「キミが、どういうつもりなのかは分かってたけど、ボクだって、そうそうキミの思い通りに動く
つもりはない。」
アキラの目が、まるで睨むように、真っ直ぐにヒカルの目を見据えた。
「もし…キミが、ボクを女の子みたいに抱きたいだけなら…それだけじゃボクは嫌だ。
ボクだって男だ。ボクがキミを好きだと言ったのは、キミをこうしたかったって事だ。
キミだけじゃない。ボクだって同じだ。それを分かって欲しいんだ。
でももし…もし、キミがそれが嫌だっていうんなら…」
そこまで言って、アキラは口篭もった。
嫌だと言うならどうすると言うつもりなのだろう?

イヤか?と問われれば、つい、そうだと答えてしまいそうになるが、白状してしまえば、よかった。
実は、すごく良かった。まるっきり予想外の経験ではあったけれど、またしてもいい、いや、して
欲しい、と言ってしまいそうなくらいだ。
だいたい、もしまたアキラに耳元で「好きだ」と囁かれ、抱き寄せられたら、抵抗できる自信なん
て、まるっきりない。だがそれを素直に口に出すのがイヤだった。
男のオレが、「また抱いて欲しい」なんて言えるもんか、というなけなしのプライドの他に、そんな
事言ってしまったらアキラがますますつけあがるんじゃないか、という懸念があったからだ。
「でも…」
ヒカルは何とかアキラに対抗しようと、対抗できる術はないかと、一生懸命考えた。


(24)
「でも、オレがおまえを好きだってことも、わかってるよな、おまえ。」
ムッとした声で言ったつもりなのに、アキラは軽く目を見開いて、それから、本当に嬉しそうに
口元を緩ませた。その顔はなんだか今にも泣き出しそうなくらいだ。
「…嬉しいよ、進藤。」
ああ、結局は、何を言ってもコイツを喜ばせるだけなんだろうか。
「だったらさ、オレだってヤられるばっかじゃ、嫌だってのもわかってるって事だよな。
じゃあ、ヤらせろ、って言ったら、ヤらせてくれんのかよ?」
「もちろん。」
にっこり笑って、アキラが答えた。
「キミにそんなふうに言われるなんて嬉しいよ。なんなら、今からでもする?」
余裕綽々のアキラが、本気で憎らしいと思った。
「それは…いくらなんでも、今はムリ…」
おまえ、オレが出来ないのわかっててそんな事言ってるだろ?
そう思いながら、ヒカルはアキラを睨みつけた。
そんなヒカルを見てアキラがクスッと笑い、頬に軽くくちづけて、耳元で囁いた。
「いつか、そのうちね。」

オレは、本当にとんでもない奴を好きになっちまったのかもしれない。
完璧にしてやられた、という気がして、ヒカルは脱力して天井を見上げた。
ダメだ。今日のところは完全にオレの負けだ。ギブアップだよ、塔矢。
でもこれでおしまいって訳じゃねえからな。いつかリベンジしてやる。
その時に泣き言いったって遅いからな。
オレだってヤられてるばっかじゃねえんだ。いいか、待ってろよ、塔矢。

― 完 ―



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