pocket size 21 - 24


(21)
「そんなの全然いいよ。俺一人暮らしだし、アキラたんと話しながらメシ作ったりするのすごく楽しいよ!生活に張りが出たっていうかさ」
「そう・・・ですか?」
「うん。それに最近アキラたんに合わせて早寝早起きで、野菜も食ってるだろ?なんか
体調いいんだ。部屋もアキラたんがいてくれると掃除する気になるし・・・アキラたんが
うちに来てくれて、俺にとってはすごく良かったよ」
「・・・・・・」
「アキラたん?食べないの?」
「あっいえ、ごめんなさい。美味しいです。英治さんの料理」
「先生の教え方がいいからね」
「そんな・・・」
頬をピンクに染めたアキラたんが可愛くて、アキラたんと一緒に作った煮物が美味くて、
幸せで、俺はその時かなり浮かれていた。

夜になるとアキラたんは俺が作った縮小版詰碁集を手に取って、いつまでもじっと眺めていた。
「アキラたん、まだ寝ない?」
「あ、今寝ます」
アキラたんはお菓子なんかを入れるための丸い籠の中に、柔らかいクッションと布を
敷いたベッドで眠る。
本当はアキラたんと一緒のベッドで寄り添って眠れたらと思うが、「南君の恋人」と違って
アキラたんの彼氏でもない俺がそんなことを言い出すのはいかにも不自然だ。
それでも、ベッドと机の上と離れ離れでもアキラたんの小さな寝息を同じ部屋で聞けると
いうだけで、たとえようもない幸福感が湧き上がってくる。
「おやすみ、アキラたん!」
「おやすみなさい、英治さん・・・」
いつも寝付きのいいアキラたんが、その夜は珍しく何度も寝返りを打っていた。


(22)
「おはよう、ぼくムーミン!いいかい、三つ数えるうちに起きるんだよ。
いーち、にーぃ、さんっ。起きろ!」
ジリリリリリリリリリリリ
「う〜・・・」
ベッドの上から片手を伸ばしてアラーム音を止める。
ムーミン型の台詞つき目覚まし時計は、いつも変な物ばかりくれる友人が
かつて俺の下宿生活開始祝いにくれたものだ。
寝起きの悪い俺にとって、目覚まし時計のアラーム音というものは
(たとえそれが前夜たっぷり睡眠を取った後だったとしてもだ)長年の敵だった。
ンだよ〜、もう少し寝かせろよ〜、るっせ〜んだよ・・・
この年になるまでそんな風にしか感じたことがなかったアラーム音だが、
今はちょっと違う。
何故なら今の俺にとってその音は、大好きな子と過ごす新しい幸せな一日の始まりを
告げる音だからだ。
「・・・アキラたん、おはよ〜」
だからその日も俺はムーミンを黙らせた後、
眠い目をこすりながらもほんわかした幸せな気分でアキラたんの名前を呼んだ。
寝るのは別々のベッドとは言え一日の終わりにはアキラたんとおやすみを言い合って眠り、
一日の始まりにはアキラたんとおはようを言い合って起きる生活・・・
なんて素晴らしいんだ・・・

だが、耳を澄ましてもいつまで経っても、
アキラたんのちさーい可愛い寝惚け声の「おはようございます」が聞こえて来ない。
「・・・アキラたん!?」
俺はがばっと跳ね起きた。


(23)
取っ手のついた丸い籠の中にはベッドマット代わりのクッションと
シーツ代わりのハンカチが敷いてあり、
その上にもう一枚のハンカチが掛け布団代わりにふわっと掛けてある。
だがその「掛け布団」の中に、そこで寝ているはずのアキラたんらしき膨らみが――
見当たらない。
「・・・・・・。アキラたん・・・?」
時間が、止まったような気がした。
俺は呼吸することも忘れてハンカチの端をつまみ、ゆっくりゆっくりとめくり上げた。
するとその下には、
「ん・・・」
(あ、)
細いツヤツヤの髪の毛が少し乱れてちさーい範囲でシーツの上に広がり、
微かな微かな呼吸を繰り返すアキラたんがちゃんとそこにいてくれた。
ただでさえちさーいアキラたんの体は、ハンカチの下で柔らかいクッションに
沈んでいたせいもあって、外から見るとほとんどその膨らみが分からなかったのだ。

俺がハンカチをめくったために光が入って、アキラたんの繊細な睫毛があえかに顫えた。
そのまま下のほうから良く出来た作り物みたいな手がモソモソと這い出してきて、
小さな動きで目をこする。
「ん・・・うぅん・・・」
俺は見たことがないけど、花が開く瞬間というのはこんな感じなんじゃないだろうか。
朝靄の中で人知れず花びらを開く花のように、
アキラたんはゆっくりと目を開けた。
「あ・・・」
「おはようっ、アキラたん!」
俺は全開の笑顔でアキラたんに笑いかけた。


(24)
だが、目を開いたアキラたんは横たわったまま、
なにかぼーっとした表情で不思議そうに俺の顔を見ている。
「・・・・・・。え・・・?」
「・・・アキラたん?どうかした?」
まだ少し寝惚けているのだろうか?
俺がもう一度笑ってみせると、アキラたんはハッとした顔で布団をめくり起き上がった。
寝る時のアキラたんは、パジャマの代わりにサイズが大きめの人形用Tシャツを着ている。
「え、英治さん!・・・すみません」
「え、何が?・・・目覚ましが鳴っても起きないからどうしたのかなと思ったんだけど、
朝ゴハンはどうする?まだ寝てる?」
もともとアキラたんが来てからというもの、
ムーミンのタイマーはアキラたんが普段起床するという時刻に合わせてあった。
だが昨夜アキラたんは珍しくなかなか寝付けなかったようだし、
今朝はまだ眠いのかもしれない。
「い、いえ大丈夫です!もう起きます」
「・・・そうかい?・・・あれアキラたん、ちょっと目が赤い」
「そ・・・うですか?・・・大丈夫ですよ!」
俺に心配をかけまいとしてか赤い目でニコッと微笑んでみせるアキラたんは
健気だけど何だか痛々しくて、俺は少し真面目な声になった。
「なぁアキラたん、無理はしないでくれよ。いつも寝付きいいのに、
昨夜は結構遅くまで寝返り打ってただろ?体調あんまり良くない?」
「そんなこと・・・ありません」
「じゃ、何か悩み事でもある?あるなら、どんなことでも、俺に相談してくれないか。
・・・一緒に住んでるのにアキラたんを一人で悩ませてるなんて、俺やだよ。
そりゃ、相談されても俺の力じゃ解決出来ないこともあるだろうけど・・・」
でも誰かに話すだけで気持ちが少しは軽くなるかもしれないし・・・、ともごもご言う俺を
しばらくじっと眺めてから、アキラたんは遠慮がちに切り出した。

「・・・あの・・・こんなことになってボクが突然いなくなったから、
きっと家で心配してると思うんです。だから一度電話をお借りして
自宅に連絡を入れたいんですけど、いいですか・・・?」



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