クローバー公園(仮) 21 - 25


(21)
ヒカルの唇がこんなに柔らかだなんて、全然知らなかった。

ヒカルの身体が、わずかに離れようとしたその時、
もう少しこのままでいたかったアキラは、迷わずヒカルに手を伸ばし、
握った手にはヒカルのシャツが掴まれ、辛うじてヒカルを繋ぎ止めた。

アキラは目を閉じて、口付けを待っていた。それは見た目にも明らかだった。
その口元には、微かに笑みが零れている。まるで、サプライズギフトを待つ子供が
目を開いた瞬間のお楽しみを信じて疑わず、その瞬間を心待ちにしている笑顔だ。
その柄にもなく愛らしい表情を、ヒカルはじっと見つめた。
すぐに応えても構わないのだが、このままこうしていたら
どういう反応をするか、見てみたかった。
一向に動く気配のないヒカルにしびれを切らしたアキラが
少しだけ口元を突きだして、甘く幼くヒカルを呼ぶ。
今日のコイツ、絶対おかしいよ。カワイ過ぎる。反則だ…。
「塔矢、今日、本当にカワイイ…」
ヒカルはもう一度アキラの耳元で囁くと、軽く頬擦りして、再び唇を重ねた。


(22)
何度も重なっては離れ、離れてはまた重なるその感触が心地よい。
さっきの今でアキラの口の中への進入を恐れるヒカルは
唇と舌でアキラの唇だけ愛撫している。
アキラは物足りなくて自ら舌を伸ばし、ヒカルを搦め捕った。
唇も柔らかいけど、舌も柔らかくて気持ちいい。
キスの味なんて、考えたことなかったけど、甘いキスってこういうのなのかな。
このままずっとこうしてたいな………

ぐぅ〜〜〜〜〜きゅるきゅるきゅるきゅる…

ヒカルが音と同時に素早く身を引き、アキラは取り残された。
「ごめん、オレ、腹へった…」
一瞬何が起きたか分からなかったアキラの反応は少し遅れた。
「あ………、じゃ、食べに行こうか…?」
くすっと笑ってアキラは身体を起こした。
「近くに出来たラーメン屋さん、冷たいラーメンが美味しいんだって。
芦原さんが言ってたから、多分間違いないよ。今度進藤と行こうと思ってたんだ」
「えー、ホント?冷たいラーメンはまだ食べたことないんだよなー。
行こう、行こう!オレマジでハラ減ったよ!」


(23)
夕食をとるには少し遅めかもしれない時間だったが、まだ何となく蒸し暑かった。
二人は黙って、小さくて賑やかな商店街を歩いていた。
歩きながらも、アキラの意識はどこかふわふわとしていて、落ち着かない。
さっきのキスの感触が変に残っている。何もかもが、柔らかくて気持ち良かった。
アキラは無意識に唇を指でなぞっていた。

向こうに小さな列が見え、ヒカルは、あれがそうだろうかと何となく思った。
が、アキラは何も言わずにその脇を通りすぎていく。
ここは違うのか?と一瞬思ったが、そこはラーメン屋のようだったので
慌ててアキラに声を掛けた。
何となく呼ばれた気がしたアキラは、ゆっくり振り向いた。
「塔矢ぁ、ここじゃないの?」
そういうヒカルは目的の店の前にいた。
「――あ、ごめん、ここだ」
ヒカルは呆れたように笑うと、アキラの手を取り列の最後尾へまわった。
今のアキラは何故かほわんとして可愛い。余計な知恵がつく前の子供みたいだ。
だけど、店に気づかず通り過ぎるなんて、らしくないといえば、らしくない。
具合がまだ悪かったんだろうか?無理させちゃったかな?


(24)
「塔矢、やっぱりやめといた方、良かった?」
「え?なんで?」
「ん、なんか、まだ具合悪いかなって………あれ?」
アキラの襟元からちらりと白い何かが見え、ヒカルは眉を顰めて凝視した。
やっぱり何かある。ちょっとごめん、とアキラのシャツの襟を大きく捲った。
――やっぱり!
「塔矢、おまえやっぱりおかしいよ!今日メチャメチャボケてるだろ?」
ヒカルはにやにやと勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
おかしくてたまらないと言わんばかりの瞳が、なんだか妙に腹立たしい。
「え?なに?………あっ」
アキラの襟元からは冷却シートが覗いていた。
ヒカルが倒れたときに手にしていたもので、もう貼るばかりになっていたので
アキラはそれを、仕方ないから自分で首に貼った。
そしてそのまま、ヒカルに指摘される今まで、すっかり忘れていた。
すっかり呆けた状態でいる間に、ご近所にどんな醜態を晒したかと思うと
顔から火が出そうだった。
「取ってやるよ」とヒカルはアキラの後ろに回り、慎重にそれを剥がした。
人工的な白いシートの下から現れたアキラのうなじは、女性のように細くはないが
しっかりとした存在感がありながら、かつ輝くように滑らかで
吸い込まれそうに思え、生唾を飲み込まずにはいられなかった。


(25)
さっきは、よりによってキスの最中に腹の虫が鳴ったのが
みっともなくて恥ずかしくて、ついアキラから飛び退いてしまったけれど
その後のアキラの表情だって、目に焼き付いたままだ。
強い意思を宿した漆黒の瞳は、潤んでぼんやりとその黒さと美しさを強調し
普段はきりりと作っている大人びた厳しい表情も、溶けてその強さを曖昧にして
ただ幸せなだけの柔和な微笑みがほんのうっすらと浮かんで。
キスしてる間じゅう、アキラはずっとこんな顔をしていたのかと思うと
それが見られないなんてもったいなさ過ぎる、とすら思った。

さっきは、あんなところで中断するなんて、本当にもったいない事をした。
今更だけど、そう思う。
うなじといい、あの表情といい、あまりにも無駄に色気がありすぎる。
急に色々な感情がこみ上げてきていた。
今、ここは人通りのある往来だから……

「お次、2名様どうぞー」
甲高い声で、ヒカルは我に返った。
客の回転が早いようで、気がついたらもう列は自分たちが先頭になっていた。



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