偽り 21 - 25
(21)
かつてオレは、塔矢アキラを手に入れ、同時に進藤ヒカルも
ほしかった。
アキラと関係を続ける一方で、なにかしら彼に接触し
進藤の家庭に入り込んだ。
オレが調教し放った小鳥は、彼の様子を逐一報告してくれる。
だから、今進藤に何が起こっているかは、大体は把握できる。
進藤・・・・
オレは進藤の肩をつかみ、自分の方へ引き寄せる。
その行為に進藤は、一瞬身体を強張らせたが、すぐ力を抜いた。
ここで芦原とアキラくんがいなかったら、唇を奪いたい衝動に
駆られるだろうがあいにく無理そうだ。特にアキラくんの形相は凄まじい。
”小鳥”も拗ねるかな。
「くっくく・・」自嘲気味に緒方は笑う。
オレとおまえはほんとそういった行為のタイミングに縁がないな。
おまえには、手を出すなという神の思し召しかもな?
一度でいい、おまえは、どんな味がするんだ?進藤・・・。
それを願うことは、アキラくんへの冒涜か・・・。
ふっと笑い、ヒカルの肩から腕を退ける。ヒカルはほっとため息をついた。
端からみてると時々緒方は、ヒカルを愛おしそうな目で見る、
それは無意識に行うので、緒方本人でさえ気づいてはいない。
アキラがいつも苦々しく思うのは、それを見つけた瞬間・・・。
(22)
その時、ヒカルの携帯電話が鳴った。
「すみません・・・」
そういって席を立って店を出る。
ヒカルの後ろ姿を見送る緒方とアキラだが、各々の心情はバラバラだった。
愛しそうな目で見る緒方と眼光鋭い目のアキラ。
芦原はうっかりそれを見てしまい、身震いした。
コーヒーに口をつけ二人を上目遣いで見る。
−なんだ?この雰囲気は・・・おいアキラ、恐いよ・・・−
ふと芦原は、さっき緒方がいった言葉を訊いて疑問に思ったのか
すかさず質問をした。
この沈黙が破られるのなら、一石二鳥だ。
そう思って質問した事は、実はかなりの爆弾であり、
それは、アキラが一番聞きたかった事でもあった。
「緒方さんって進藤くんとプライベートでも親しいんですか?」
芦原の声で、緒方は視線を戻すと
「ああ」
間一髪間を置かず、緒方は肯定の返事をした。
「へー意外ですね。」芦原が、感心したように頷く。
アキラは眩暈を覚える。
ガンガンして頭痛も始まった気がした。
緒方さんは、もしかしてボクと進藤を天秤に掛けてる?
そんな疑問がアキラの思考を満たした。
(23)
ちょっとしてヒカルが帰ってきた。
なんだか顔色が悪く慌てている様子で皆、怪訝そうな顔をする。
「すみません、オレ帰ります!」
席に戻る早々、そういって椅子に置いたカバンを掴む。
「どうしたんだい?進藤くん」 芦原は、ヒカルのあわてぶりに驚き、
声をかけた。 「子供が熱を出して倒れたそうなんで」ヒカルは芦原の顔を
見ずに答える。
”一刻も早く行かないと・・・”そんな思いに駆られてヒカルには
余裕が見えない。
あかりがいない今、自分が一番の頼りなんだと、ヒカルは思った。
「そりゃ、大変だ」芦原は、自分も子供を持つ身なのでヒカルの言葉に
彼の慌てる態度にひどく同情する。
「それじゃ・・」ヒカルがその場を去ろうとする時、緒方がヒカルの
手首を掴んだ。この行為にヒカルは驚き、緒方を凝視する。
「送っていこう・・・」
「え?」
緒方のこの申し出にヒカルや芦原、アキラはびっくりした。
「おまえ、今日電車で来たのだろう・・車を修理に出しているとかで」
「ええ」 ”そうだよ、タイミング悪くね ”ヒカルはやりきれない顔を
して俯く。「なら、オレが送っていった方が早い」
そういって緒方は席を立とうとした。
(24)
ヒカルは慌てる。−なにをいってるんだこの人は!−
「タクシーがあるしいいですよ」そういいながら 、緒方の真剣な顔を
見れずにアキラに目を向けると険しい顔で自分を見ていることに
気づいた。 視線がイタイ。
ヒカルにとってアキラのその顔を見るのは久しく・・15年ぶりだが、
二度と自分に向けてほしくない顔だった。”そんな目で見るなよ塔矢”
アキラの顔を見つめながらヒカルは自嘲する。
その時、ヒカルの手首を掴んでいた緒方の手に力が入ったので、ヒカルは
緒方の方に顔を向けた。
「そんなに遠慮するな、進藤。困ったときはお互い様だ」
緒方は譲らない。”遠慮しているんじゃなくてイヤなんだよ”
”今、 この場で、塔矢の前で・・・あなたと一緒にいるのは”
「本当にいいですよ、緒方さんにそこまでしてもらうつもりは・・」
そこまでいいかけてヒカルの言葉を制すように、緒方が言葉を紡いだ。
「進藤・・・オレ達は・・・」
・・・だろう?最後の方は声にならなかったがヒカルには言葉が通じた。
ヒカルは緒方を見る。 緒方はヒカルを見据える。
二人の間に奇妙な沈黙が流れた。
それを見たアキラの肩がビクリと震え、人形のように表情をなくして
いった。動かないヒカルに対し芦原は
「早く行ってあげなよ、進藤くん!」と呼びかける 。
芦原のその言葉に、ヒカルは、ハッとする。今はそんなことを
考えている時ではない。「それじゃ、行くか・・・」
「すみません、緒方さん」
渋々ヒカルは、緒方に礼をいう。緒方はそんなヒカルに笑みを浮かべ
背を押した。
(25)
「アキラ君・・・」
緒方は、アキラに向き直り声をかけた。
びくりとアキラの身体に緊張が走る。
「また、後で・・・」ニヤリと笑い万札を一枚出してテーブルに置くと、
先に行ったヒカルを追うようにして出ていった。
残されたアキラと芦原。
「緒方さん、オレには何も声をかけてくれなかったな」
沈黙を続けるアキラに芦原は、呑気に声をかける。
「それにしてもびっくりだな、アキラ知ってか?」
「え?」
「緒方さんと進藤くんだよ、あんなに家庭事情に詳しいなんて、
家族ぐるみで付き合いがあるってことだよね・・・」
「緒方さん、そういうの似合わなそうなのに。おまけに進藤くんだろ?」
芦原の一言一言が心に突き刺さる。
ボクは知らない。緒方さんと進藤が親密に接触を持っていたなんて!!
しかも、もしかしたらボクと緒方さんが深い仲になる頃から15の時から
彼は進藤と自分を両天秤にかけていたのだ。10数年の歳月をずっと・・。
緒方への不振がアキラの心を支配する。
きつく瞳を閉じる、悔しくてしょうがない。
しかも緒方は、自分の前で進藤と自分の仲を見せつけた。
緒方の心を計り知れないアキラは、苦悩に眉を寄せる。
”緒方さんは、ボクを捨てるかもしれない”
−とうとう、終わりが来たのだろうか−アキラは悲しく笑みを浮かべた。
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