紙一重 21 - 25


(21)
社は肉体的には二度果てていた事もあり余裕が出来ていたが、精神的には追い込まれていた。
ゆっくりとした抜き差しを繰り返して、少しでも奥に進める事が出来るようにアキラの
腰を引き寄せて密着させると、ペニスが自然にどこまでも引き込まれて行く気がして、
その都度アキラから涙混じりの呻き声が発せられる。
「んあぁぁぁっっっ!・・・うぅぅっっ・・・もっと・・もっと・・・・」
そのうわ言のような声を聞きながら接合部分を見詰めて社は不思議な気分だった。
抱いているのは自分のはずなのに、自分が快感を与えている実感が湧かないどころか、
逆にアキラの思い通りに動かされているような気がしてならない。
満足させなければいけない、と思っていたがそれは自分の思い上がりで、アキラは社の
体を借りて一人でセックスしているように感じられ、取り残された気分になっていた。
───気のせいや、そんなわけない!俺自身が必要な事をわからせたる!

社は腰の角度を変えて捻りながら、よりアキラの感じるポイントを掠めるように大きく
抽出を繰り返した。段々に速度を速めるとアキラも腰を使ってそのリズムに合わせてくる。
社は片手でアキラの太腿や腰、背中を撫で摩り、その感触を楽しんだ。
右足にだけまだ身に付けられている靴下がやたらと色っぽく、自分が脱がせなければその
ままになっている事が妙に嬉しかった。
愛撫の手を伸ばしてアキラの首筋、耳朶、黒髪に触れる。
そこは日頃外界に晒されていて誰でも見る事が出来る部分だが、今この状態で他ならぬ
自分の手がその場所に触れている事が奇跡のようで、アキラへの自分の想いの強さを改めて
感じる。

愛撫の手が肩から腋の下を通ってアキラの胸の突起を捉えて軽く摘むと、アキラから更に
声が上がった。社は夢中になって胸の突起を刺激しながら体を支え、もう片方の手で雫を
撒き散らしているアキラのペニスを掴み扱き上げると、アキラは体を震わせて汗だくに
なりながら大きな善がり声を上げ続けた。
「うぅっっっ!あぁぁっっー!もっと・・・・・もっと・・・・はっぁぁぁぁぁ!!」
アキラを時々苦しめていた熱く疼く感覚の記憶と、現実の快感がシンクロして、今までに
無い官能の悦びを全身で堪能していた。


(22)
アキラのペニスは爆発寸前で、腰を動かしながら声を上げるたびに、秘門と内壁が強く
収縮して社のペニスを締め付けた。社も思わず声を上げながら、ベッドを激しく軋ませて
アキラの体を壊す勢いで責め続けて絶頂へと登りつめていく。
アキラは顔を上に上げると頭を激しく打ち振り、髪を乱しながら泣くような大声を上げ、
体を痙攣させて最後まで行き着いた。
「んっ!あぁっっ!あっ、うぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!」
断続的に吐き出される精液と共にアキラの声も少しずつ小さくなり、痙攣していた太腿は
力を失って崩れ落ちて行く。
「はぁっっ!んっっ・・・・・・ん・・」
社が支えながらゆっくり体を寝かすと、アキラの身体は完全に脱力してピクリとも動かなく
なった。
「塔矢?」
社が声をかけるが全く返事は無く、意識を失っているようだった。
アキラを満足させる事に必死で社は到達していなかったが、すでに二回果てており、むしろ
アキラをイカせられた事で精神的には満足しきっていた。
アキラの中からゆっくりとペニスを引き出すと、アキラの横に静かに横たわって、涙と汗で
濡れたアキラの顔をしげしげと眺めながら激しい行為で疲れた体を休めた。
アキラの寝顔は満たされているというよりは、苦しみからやっと解放されてホッとしている
表情に見えて社の胸を締め付ける。

手に入れたアキラは、日頃の物腰からは想像も出来ないくらい快楽に貪欲で社を驚かせた。
その姿は余りに美しく妖艶で男を狂わす魔性の妖しさに満ちており、絶対に失いたくない
想いがこみ上げて来る。
アキラをこんな体に開発したのが誰だか想像も出来なかったが、どうしてアキラを手放す
事が出来たのだろう?アキラから見限ったのかもしれないが、話から察するに、愛し合って
いたわけでは無く体だけの関係だったように思われる。
もしそうだとすれば尚更手放さないのが普通なのではないかと社は考えるが、アキラの深い
心の闇を垣間見た事で、自分には立ち入る事の出来ない複雑な関係があるのかも知れないと
思った。


(23)
社はすでにアキラの虜になっており、これから先もアキラに溺れていく自分が見えるようで
あった。
自分から、言ってくれればその時は恨まずに関係を解消するからと大見得を切ったものの、
とてもそれ程簡単にアキラを手放す事が出来るとは思えない。
もし今、目を覚ましたアキラに今日限りの関係にして欲しい、と言われたらどうすれば
いいのだろうか?自分はちゃんとアキラを満足させる事が出来たのだろうか?これからも
本当に時々会ってくれるのだろうか?
───いかんいかん!弱気になったらいかん!

社は静かに起き上がり、バスルームへ行って、タオルをお湯で濡らして硬く絞り、アキラの
汗に濡れた背中を優しく拭き、そっと上を向かせると、体の汚れを丁寧に落とした。
アキラは僅かに声を出したが、まだ意識は遠いままのようであった。
社は体を拭きながらアキラの身体の細部を脳裏に刻みつけていた。
弱気になっている社には、アキラのような普通の人間には手の届かない所に咲いている花が、
一瞬でも自分の手で掴めた事が不思議で、もしかしたらアキラの体に触れる事が出来るのは
最後かもしれない、という想いが頭をよぎっていた。

抱いた後で、征服欲を満たされるどころか、その存在を今までよりさらに遠くに感じるのは
初めての経験で、寂しくて自然に目が潤んでくる。
───好きや、どうしようもなく塔矢が好きや。離しとうない・・・・コイツの側にいたい・・・

体を拭き終わると上から掛け布団をかけて、そっと頬に口付けた。
目が瞑られている綺麗な顔はあどけなく見えて愛しくて仕方が無い。
薄くて形の良い唇を指でなぞると、わすかに顔が動いて前髪が揺れる。真っ直ぐで艶やかな
黒髪はアキラの意志の強さをそのまま表しており、碁盤の前に座って盤上を見詰めている
アキラを想い起こさせる。
社は布団からはみ出ていたアキラの手を取って頬擦りして口付け、その指先を眺めた。
その指から繰り出される厳しい一手にどれだけの人間が翻弄されているかわからなかった。


(24)
社は散らかっていた衣服を片付けると、軽くシャワーを浴びてバスローブを羽織り、ベッドの
側にイスを持って行き、アキラの静かな息遣いを聞きながら端整な顔を見詰めていた。

目を覚ましたアキラは一瞬自分がどこに居るのか分からなかったが、ホテルの部屋の雰囲気を
感じるとハッとして慌てて周りを見回した。
アキラのすぐ側でバスローブを羽織ってウトウトしている社を見つけて、やっとアキラは
記憶が戻ってきた。
自分の体には羽毛布団が掛けられており、社が拭いてくれたのか身体もさっぱりとしていた。
見ると社は片足を軽くベッドに乗せて掛け布団の端を押さえている。
恐らくアキラが目を覚まして動いた時にすぐに分かるようにしているのだと思い、社の今の
気持ちが表れていて申し訳無い気持ちで一杯になった。
社が納得して結んだ関係とは言え、アキラが社の気持ちを利用した事に変わりなかったし、
社の気持ちに応える事はこれから先も出来ないのではないかと思われた。
だが、ウトウトしている社の顔をじっと見詰めてアキラは不思議な気持ちにもなっていた。
こんなに正直に自分の全てを曝け出せた人間はいままでに居なかったからだ。
自分の身体の奥底に潜む醜い部分も余す所無く見せて、それでも尚社は自分に優しく接して
くれた。
社の愛撫は愛情が籠っていて、肉体的な満足感を得ただけでなく、乾いていたアキラの心が
癒されて潤ったような気がする。
今まで事後に感じた激しい虚脱感が無いのはそのためなのかも知れない。
もしこれが、自分の愛する人との交わりであったならその悦びは更に大きいものなのだろうか?
アキラは社を起こさないように、そっとベッドから抜け出した。

社が目を覚ますとベッドはもぬけの殻で誰も居なかった。
───しまった!気付かへんかった!!
そう思って慌てて立ち上がると、バスルームからシャワーの音が聞こえて、服も無くなっては
おらず、社を安心させた。
アキラが出てくるまでの間に社は乱れたベッドを整え服を着て飲み物を用意した。


(25)
アキラはそっとバスルームのドアを開けて出てきたが、社がすでに起きている事が分かると、
「起こしてしまったみたいだね」
と言いながら、ハンガーに掛けられた洋服を身に着けていく。
「いや、ええんや。・・・・・飲み物用意したから飲まへんか」
社の鼓動は激しくなって来ていた。最後の審判を待つ人間のように、アキラの自分に対する
評価が気になって不安で仕方なかった。
生唾を飲み込みながら、アキラが身支度を終えて飲み物を取りに来るのを待った。

アキラは最後にジャケットを着ると、社の方を振り返り、
「今日はこれで失礼するよ」
と言ってドアに向かった。
「待ってくれ!塔矢」
「何?」
「また電話してもええか?また会ってくれるんやろ?」
縋るような不安そうな社の顔を見たアキラは、とても冷たく切り捨てる事は出来なかった。
アキラには珍しく曖昧な笑みを浮かべて黙ってドアを開けたが、思い出したように振り返り、
「社。キミとまた碁が打ちたい」
そう言って出て行った。

社は呆然とドアを見詰めていたが、今日初めて『社』と名前を呼ばれ、さらに碁を打ちたい
と言われて社の顔は次第に喜びで一杯の表情に変わった。
───良かった!!これからも塔矢に会う事が出来るんや!!!!

この喜びが、いつか苦しみに変わるかも知れない事は分かっていたが、今の社は幸せだった。

                   完



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