Pastorale 21 - 25


(21)
サンドイッチもパンも、評判の店だけあって、どれも美味しかった。
やはり全部は食べ切れなくて、残りはオヤツな、とヒカルは言った。それから、
「オレンジとグレープフルーツ、どっちがいい?」
「グレープフルーツ。」
と答えると、はい、と小さな容器に入ったゼリーを手渡された。保冷剤で冷やされていたようで、ひん
やりと気持ちがいい。一口食べてみると、爽やかな香りが口の中に広がった。
「さっぱりしてて美味しいね。これも同じ店で売ってたの?」
「うん。なんか新発売とかって試食もやってて、美味かったから買ってきたんだ。」
そんな事を言いながら、ヒカルは大雑把に豪快に、アキラは几帳面に丁寧にプラスチックケースに
入ったデザートを食べた。
「ごちそーさま!」
全部食べ終えると、ヒカルはぱんっと手を合わせ、それから散らかったゴミを手早くまとめてリュック
に押し込み、くるりとアキラに向き直った。
「んじゃ、口直しも食って口ん中もさっぱりしたから、いよいよメインかな。」
「え?まだあるのか?」
サンドイッチやデニッシュや、スナック菓子まで食べてたくせにまだ食べる気なのか、さっきのは
デザートじゃなかったのか、びっくりしてヒカルを見るアキラに、ヒカルはにやりと笑いかける。
「サンドイッチとパンは前菜。ゼリーは口直し。メインディッシュはオ・マ・エ。」
一瞬、ぽかんとしてヒカルを見ていたアキラは、その次には呆れたように言った。
「キミ、いつからそういうオヤジくさい言い方を覚えたんだ。」
つれない反応にヒカルはがっくりと肩を落とす。
「オマエさー、折角、オレがキメてるんだから、もうちょっと反応してくれよー。
ってかオヤジくさいってひどくねぇ?」
「進藤、」
アキラは余裕の笑みでヒカルを見返す。
「キミは今の台詞でキメてるつもりなのか?」
そして傲岸不遜に顎を上げて、薄目でヒカルを見下ろした。
「ダメだね。まだ言い方に照れがある。そんなんでボクを口説き落とせるとでも?」
「ちぇー、なんだよーその言い方……」
不貞腐れたような声を出すヒカルをアキラの手がぐいっと引き寄せた。


(22)
「……進藤、」
耳元でいきなり名前を囁かれて、ヒカルの身体がびくっと震える。
「…デザートにキミが食べたい。」
アキラの低く甘い声はそのままヒカルの腰を直撃する。
「え、」
突然のアキラの反撃にうろたえて、言い返すこともできないヒカルの耳たぶを、アキラはペロリと
舐め、軽く歯を立てる。
「わ、ちょ、とう…」
うろたえながらそちらを見ると、薄目を開けたアキラと目が合う。
「なに?進藤?」
視線に絡めとられてヒカルが動けずにいると、アキラはクス、と小さく笑ってヒカルの首筋に吸い
付いた。
ちょ、ちょっと待て、待てってば、コラ、しっかりしろ、オレ!
「ダ、ダメ、塔矢、ちが、ちっがーう!!」
必死になってアキラの頭を引き剥がして、ヒカルは叫ぶ。
「食べるのはオレ!オマエは食われる方!」
アキラの身体を無理矢理押し倒して、肩を押さえつけて見下ろしながら言う。
「今日はオレがここまでしてやったんだから、オマエは大人しく喰われてろ!」
「なんだ、それは。随分と恩着せがましい言い方だなあ。」
言葉のわりには不機嫌な様子もなく、ヒカルを見上げてクスクス笑いながらアキラは言う。
「キミの口説き方がヘタだからお手本を示してやっただけだろ?」
そうして、手を差し伸べ、
「そのくらいで一々ムカついてるなんてキミは修行が足りない。
食べたくないの?」
憮然と見下ろしているヒカルの頬を指でつっと辿り、そのまま唇に触れる。
そしてヒカルの唇を押さえたまま、さあ、どうする?と言うように嫣然とヒカルを見つめた。
「食べたい。」
ヒカルはアキラの手をとり、指先をカリッと齧って、上目遣いで窺うように言う。
「食べてイイ?」
「もちろん、さあどうぞ召し上がれ。」
と、アキラは極上の笑みを浮かべた。


(23)
まずはキス。
アキラの口の中にグレープフルーツの爽やかな香りが残っている。そしてヒカルのキスはオレンジ味。
互いに口腔内を探り合い、舌を絡め合うと、フルーツの香りがミックスされる。呼気の中に混ざるワイン
の香りにこちらまで酔ってしまいそうだ。
「塔矢、」
髪に手を差し入れ、耳元を舌先で擽りながらシャツのボタンを外そうとした所を、
「進藤、ちょっと待って、」
と、アキラが正気の声でヒカルを押しとどめた。
「んだよ、塔矢ぁ、」
「空、」
アキラの目はヒカルを通り越して空を見ている。
「空が、何?」
「なんか、雲行きが怪しいような…」
言われてヒカルも空を見上げると、黒い雲がもくもくと広がってきている。さっきまでは穏やかだった
風がざわざわと木々の梢を揺らし始めている。
「ホントだ。」
湿った風が吹いてきたと思ったら、ぽつん、と雨粒が落ちてきた。
「やば、どっか避難するとこ、」
「あっちの木の下はどう?」
とアキラが少し離れた大木を指し示す。がっしりとした枝振りを見ると、多少の雨はしのげそうだ。
二人は慌てて立ち上がり、荷物をまとめる。その間に風が強くなり、瞬く間にあたりは暗くなる。
木を目指して走ってる間にもう雨がばらばらと降り始めてきた。

やっと雨をしのげる所まで走りついて、はぁ、と息を整えようとした瞬間、空に閃光が走り、空を割る
ような轟音が轟き、ヒカルは身を竦ませた。次いで、激しい雨がばらばらと降ってくる。
「なんか、すんげぇな、急に。」
「山の天気は変わりやすいって言うけど本当だね。」
「さっきまであんなにいい天気だったの…わぁっ!」
また稲光が光って、ヒカルはぎゅっと目をつぶって縮こまった。
「雷が怖いの?」
「こっ、怖くなんかねぇ……っ!」
けれどまた閃光が走り、更に雷鳴が轟いて、ヒカルは思わず目の前のアキラにしがみついてしまった。


(24)
「進藤…」
耳元で囁く声に、ざわっと背筋が震える。
「……おまえっ、何、こんな状況でサカってるんだよっ…!」
「キミにこんなにしがみつかれて、冷静でいるって方がヘンだろう?」
アキラの手がヒカルの服の中に潜り込み、身体を探り始める。
「やっ…めろ、よっ……あっ!」
それなのに、ヒカルは稲妻が光るたびに身を竦ませて、アキラにしがみついてしまう。
その様子にアキラがクスッと笑った気配がした。
「ちっくしょう……」
「キミが雷が怖いなんて知らなかったな。」
何を嬉しそうに言ってるんだ、この野郎。オレは怖いなんて言って、わあっ!
クソッ、こっちが動けないのをいい事に、やめろってば、おい!
「…んなとこ、で、脱がせんな、よっ…!…っの、馬ッ鹿野郎!!」
「大丈夫、誰もいないよ。」
そういう問題じゃない、そう言ってやりたいのに、もうオレは抵抗なんかできない。
いくら木の下にいたって、これだけの雨風を防ぎきれるわけじゃない。ばらばらと雨粒があたり、
風が髪を弄る。それなのにきっと塔矢には、風に揺さぶられて枝が擦れる音も、激しく打ち付ける
雨の音も、時折ピィーッと高く鳴る風の音も耳に入ってないんだろう。
いや、むしろ、コイツはこの状況に煽られてる。
信じられねぇ。
嵐なんかより、雷なんかより、もっと危険なヤツだ、コイツは。
「やめっ、塔矢、ま、だ…っ…、んっ!」


(25)
背中に当たる木がゴリゴリと痛いし、片足をすくわれて足元は不安定な上に、右から吹いてたか
と思う風は次の瞬間には左から強く吹き付けるし、オレはもう塔矢にしがみ付くしかできない。
それでも稲妻が光るたびにオレがビクッと身を竦ませてしまうと、塔矢はそんなオレを責めるよう
に乱暴に動く。
「こ…っの、乱暴、なんだ、よ、オマエは、この、サド野郎…っ…」
「キミがつまらない事に気をとられてるからだろ。」
塔矢はぐいっとオレの顎を掴んで顔をあげさせ、鋭い目でオレを睨むように見ながら言う。
「ボクより雷に気をとられるなんて許せないね。
他のものなんか見るな。気にするな。ボクだけを見ろ。ボクに集中しろ。」
「だったら、」
と、オレも負けじとアイツを見て笑ってやる。
「もっとオレを熱くさせろよ。雷なんか、忘れちまうくらい、夢中にさせろよ。」
そう言って塔矢の首根っこにしがみ付いてキスを強請る。
オレの中で暴れるアイツに対抗するようにアイツの口ん中に乱暴に入り込むとすかさずアイツの
舌がオレに絡み付いてくる。

塔矢の手がオレを擦りあげながら、強く突き上げられると、オレの目の裏に白い閃光が走る。
オレの全身は塔矢に揺さぶられ、塔矢が動くたびに、塔矢の髪がオレの顔を打ち付ける。
嵐なんか、もう、感じなくなる。雷の音なんか聞こえなくなる。
そして大粒の雨よりも、吹き荒れる風よりも、天地を切り裂く雷よりも、もっともっと激しい塔矢
だけが、オレの感じる全てになった。



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