Shangri-La 21 - 25
(21)
「あ、もうこんな時間だけど、食事はまだだよね?何食べる?」
時計を見ると、まもなく9時を迎えるところだった。
「あぁ、オレ、いらない…腹へってないし」
「だめだよ、ちゃんと食べないと」
ヒカルは顔をしかめた。
「だからいいってば…腹へったらちゃんと食べるし」
「良くないよ。少しでもいいから何かお腹に入れてさ――」
「だから、要らないって!」
ヒカルは酷く顔を歪めて勢い良く立ち上がると、部屋を出て駆け降りた。
アキラは何が起きたのか分からなかったが、慌ててヒカルを追った。
ヒカルはトイレでへたり込み、嘔吐していた。
「進藤?」
何度も、何度も、苦しそうに胃液を絞り出したヒカルは
ようやっと落ち着くと、涙を浮かべ苦しそうにあえぎながら口を開いた。
「お願いだから、食べる、とか、食べ物の話とか、やめて…」
「え?」
「そういうの、ダメ…胃になんか入るかと思うと、気持ち悪い……」
そう言うか言わないかのうちに、ヒカルは床に突っ伏した。
確かに、ヒカルが固形物を吐いた形跡はなかった。
(食べる事に拒否反応が出るなんて…)
アキラはヒカルの隣に座り、ヒカルの頬を膝の上に乗せ
ヒカルが収まるまで、髪をそっとずっと撫でた。
(22)
神様はなんて意地悪なんだろう。
アキラは夕食を調達するため、夜の街を飛ぶような速さで歩きながら
恨み言をつぶやく。
突然進藤が消えてしまって淋しくて、進藤と一緒の時間を返して欲しい、
と願ったことは紛れもない事実で、その願いは聞き入れて貰えたようだけれど。
ボクが返して欲しかったのは、こんな傷ついてささくれた抜け殻じゃない。
今日、コンビニで呼び止めたときの進藤は、人形の綺麗さだった。
――食べることも眠ることも忘れた、魂の抜けかけた、動く人形。
生身の人間が、こんな短期間であんなに変わってしまうなんて…
「別に、前にもこーゆーのあったけど、放っておきゃ直るんだって!
いい加減に放っておいてくれよ!」
その響きは、傷を追った動物が敵を威嚇するそれでしかなかった。
進藤は、その変化を「体質が変わった」の一言で片付けようとしていたけど
そのあまりに痛々しい姿に胸が潰されそうだった。
いいだろう。そっちがそう来るなら、
ボクはボク自身の力で望みを叶えればいいんだ。
とりあえず今晩、一晩もらった事だし。
アキラは考えを巡らせながらコンビニの店内へと足を向けた。
(23)
「ただいまー。」
アキラは殊更に笑顔を作り、ヒカルに声をかけた。
「進藤、雑炊買ってきたんだけど、食べない?」
「いいよ、要らない」
「そんなこと言わずにさ、もう何日も食べてないんだろ?
無理しなくて良いから、少し食べてよ」
食べてよ、っていう事自体が無理強いなのにと思いながら、
ヒカルはアキラの勢いに負け、しぶしぶと従った。
アキラは、コンビニで買ってきた雑炊を温めると
ヒカルのために茶腕を出し、本当に少しだけ取り分けた。
「これだけでも、嫌?」
食べないとまた説教されそうで、ヒカルは茶碗を受け取った。
アキラは黙ってヒカルを見つめている。
「なんだよ、じろじろ見るなよ。食いづれーな。ちゃんと食うよ。
大体お前は?さっき腹減ったって言ってなかった?」
「うん、後で食べるよ。あんまり目の前に食べ物が並んだら
キミが嫌だろう?さっきみたいになっても困るし」
「別にいーよ。人の領分の食べ物はいくらあっても平気だから。
でも絶対オレに食えって言うなよ」
「そう?分かったよ。じゃぁボクも食べようかな」
アキラが自分の分を温め始めた隙に、ヒカルは自分の茶碗に箸をつけた。
その量は僅かで、二口三口で平らげてしまった。
それに気づいたアキラが、お替わりは?と聞く。
ヒカルは、じゃぁ、もう少しだけ、と茶碗を差し出した。
またほんの少しだけ盛られ、平らげ…をちまちまと繰り返すうちに、
食べルなんて気持ち悪い、と言ったその口で、器をほとんど空にした。
「進藤、大丈夫?具合悪くない?」
「ん、へーき…」
「結構食べられたね。よかった。」
第一関門クリアかな、と呟くと、アキラは立ち上がって後始末を始めた。
(24)
「進藤、お風呂入ろうよ」
「あぁ。塔矢、先入ってこいよ」
「え?イヤだよ。一緒に入ろ?」
「はぁ!?一緒ぉ?お前、何言ってんだよ。オレ、やだよ。
風呂一緒に入るのは絶対いやだって、塔矢も前言ってたじゃん」
「今日は一緒がいい。ううん、一緒じゃなきゃ嫌だ。」
「んもう、なんだよ?風呂ぐらい、一人で入れってばぁ。」
「そんなの嫌だよ。進藤と一緒に入りたい。」
「何だよ?なんで今日、さっきからそんなに色々しつこいんだよ?
風呂ぐらい別に一人で入るし、塔矢だって――」
アキラは厳しい顔でヒカルを見ていた。
その淋しげに揺れている瞳に気がついたヒカルは、
今日この自分に纏わりつきたがるアキラを突き放すのは不可能と悟った。
「――わかったよ…」
アキラは嬉々として、手早くヒカルの着ているものを脱がせた。
Tシャツをヒカルから引き抜くと、わずかに汗のにおいだけがした。
香水の匂いがしないヒカルは随分久しぶりで、ついヒカルを抱き締めた。
触れた肌は記憶よりすこし体温が低く、その切なさに溜息をついた。
なんだよぉ?、とヒカルに非難され、名残惜しく身体を離すと
ヒカルの下着まで全部脱がせて、バスルームに送り出した。
(25)
アキラはヒカルに続いてバスルームに入った。
「進藤、ボクが洗ってあげるよ」
「そんな、別に自分で洗えるし」
「せっかく一緒に入るんだから、その位させてよ?」
「別に、そんな事までしてもらわなくていいから!」
「でも、さっき好きにしていいって…」
アキラはまたあの淋しい目で、ごめん、と小さく呟き顔を背けた。
「いいよ、じゃぁ、頼むよ」
ヒカルの言葉は不機嫌だったが、アキラはぱっと相好を崩して
うん、そっち向いてて、と明るく答えるとシャンプーを手に取り、丹念に洗った。
「せっかくだから、体も洗ってあげるよ。ボディソープ取って」
「うん…、じゃ、背中だけ」
アキラはボディソープを手に取り、泡立てるとヒカルの背中に滑らせた。
ヒカルの背中が何となく物珍しくて、マッサージしながら少し楽しんだ。
背中にあった変な緊張が、少しずつほぐれているのが分かる。
背中から肩、首、腕へとゆっくり泡を塗っていったが
ヒカルから拒否されることはなく、むしろ身体を委ねられているようだった。
「進藤、立って」
予想に反して、意外なほど従順にヒカルは立ち上がった。
アキラは手の中の泡を、ヒカルの腰から臀部にかけて伸ばしてゆく。
その小さくて締まった双丘をやわやわと撫でさすりながら、アキラは
ヒカルの無駄のない細い腰つきを堪能した。
さらに泡を手に取り、その谷間に指を滑らせる。
ヒカルは一瞬身体をこわばらせ、前へ逃げようとしたが
それより僅かに早くアキラの手がヒカルの腰に回り、結果として
目の前のタイルに両腕を逃がしながら、腰だけを突きだす格好になった。
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