指話 21 - 25


(21)
薄い色の瞳が射るような光を帯びて目前にあった。
押さえきれない衝動を隠さない荒々しい目だった。
―…今のオレは、君に何をするかわからん…。
感情を押し殺したような低い声と瞳に射すくめられたように体が動かなかった。
恐かった。だが、逃げたくなかった。
何があっても、彼とこの部屋に一緒に居てあげたかった。そう決めたのだ。
見つめあったまま無言で過ぎた時間が、彼の言葉への合意とみなされた。
再び唇を塞がれ歯をこじ開けられるようにして彼の舌が侵入して来た。
全く抵抗しないボクにさらに苛立つように彼のキスは激しさを強めた。
服の上から彼の左手がボクの体の上を弄る気配があった。肩から背中、
そして腰へと。それとはぼ同時に制服のボタンが外されていった。
そのうちの一つは弾け飛んで部屋の隅に転がって行った。

室内に熱帯魚の水槽からのモーター音と、彼の荒い呼吸音だけが漂う。
床には剥ぎ取られた制服の上着が落ちていた。
ボタンが全て外されたシャツとファスナーを下ろされたズボンという姿で
壁際に座り込んだ彼の胸にもたれかかるように、ボクは玩具のように彼の腕の中に
抱えられ、彼の手が体中を弄る行為に身を任せていた。
彼はしたいようにボクの唇を貪り、舌を吸い、あらゆる部分に指を這わせた。
ボクの体の形が一つ一つ確かめられようとしていた。


(22)
行為はまるであえてボクから拒絶を引き出そうとするかのように容赦なく力を
加えられ、時間が経つにつれて激しくなっていった。だが、乱暴に動く指の痛みにも
決して声は出さなかった。そこには期待した親愛の温かさは欠片もなかった。
―強情だな…。
そんな彼の手が、最も柔らかく敏感な部分に到達した時、少しだけ声が漏れ、
体を強張らせた。その部分への行為は執拗に続けられた。それでも唇を噛み、
彼のパジャマの胸元を手で握ってそこに顔を埋めて耐えた。彼は今少し
混乱しているだけだ。すぐに正気に戻ってくれる、と信じるしかなかった。
そんなボクの態度に業を煮やしたのか彼は立ち上がると手中の体を抱きかかえ、
部屋を移動した。
寝室のベッドの上に乱暴に放り出される。
ズボンとシャツ、そして下着を剥ぎ取られ、全裸になって体を縮込ませるボクを
冷たく見下ろすようにして彼も服を脱いだ。
ベッドの上でも同様にさっきまでの行為が続けられた。
彼は仰向けにされたボクの体の両足の間に体を入れて開かせ、さらに強く刺激を
与えてくる。やがて彼の指は、体の表面だけでなく内部にも入り込んで来た。
ビクリと、今まで味わった事のない衝撃に体が震える。
力ずくで押し入って来た彼の指は外部からの刺激に未知である箇所を何かを
探るように辿る。口元まで出かかった悲鳴を飲み込む。少しでも足を閉じようと
すると強い力で今まで以上に押し広げられる。従うしか、なかった。


(23)
動揺と恐怖感からすぐにでも彼の体を押し退け彼の指から逃れたかった。
だが、そうしようとする自分を封じるように、ボクは両手を握り締め脇に置いた。
彼の精神状態が分かっていてそう仕向けた。自分でつくり出した状況なのだ。
彼は一見、暴力的に、衝動のままに、それのみによってボクを性交の対象に
しようとしているかのように見える。だがボクには彼がわざとそうしている
ように思えたのだ。
やがて彼が体を重ね、彼自身を侵入させて来た。堪え難い激痛が下腹部に走った。
無理矢理を押し通させられるボクの体は音をたてて軋み裂けて行くようだった。
それでも、ボクは耐えた。冷や汗が吹き出し、全身を痛みに強張らせながらも
人形のように四肢を投げ出し彼の行為を受け入れ続けた。
―…何故だ…。
激痛による貧血で気を失いかけた時、獣が人間的な感情を取り戻したように、
荒々しく体を動かしてボクに苦痛を強いていた者がようやくその揺さぶりを止めた。
―…何故、拒まないんだ…。オレを憎いと思わないのか…?
相手の熱い体温と汗とは反対に冷たく冷えきって行くボクの体の上で、彼は問う。
冷たい汗で額に張り付いたボクの前髪を指で取り払う。
答える代わりに、その手を捉えた。その指に再度口付け、力の入らない両手で
握り頬擦りをする。
父と同様に、美しい一局をこの指が生み出すのを何度も見て来た。
その持ち主をたったこれくらいの出来事で、何故憎むことができるだろう。


(24)
そして行為の続きを促すように目を閉じた。
何かのはけ口を他の誰かではなく自分に向けてくれただけでも本望だった。
―何故、オレなんだ…。
その言葉と供に彼の最後の仮面がようやく剥がれたような気がした。
ボクの中で動き続けた彼はやがて咽の奥から押し出すように唸る声を上げた。
体の奥深い場所で彼の熱が弾ける感触がした。
ボクの体に彼の両腕が巻き付き強く抱き締めて来た。骨が軋む程に。
彼の胸と、彼自身が激しく脈打つのがはっきりと伝わって来た。
そのまま暫く動かなかった。
そうして次に重ねられて来た唇は、別人のように温かさと柔らかさを洩っていた。
やっと全身からはり出させていた刺を収めてボクを受け入れてくれた気がした。
今までに見せた事のない慈しむような目をボクに向けてくれた。
―辛かっただろう…。
ゆっくりと額と頬に温かいキスをされて、初めてボクは涙を流した。
―うっ…
彼の指と唇が謝罪するように優しく体の上を動く。その間中ボクはしゃくりあげ
涙が止まらなかった。そのボクの口をあの人は唇で何度も塞ぎ、泣き声を
吸い取って行った。
一度ボクの体から抜け出て、傷口を癒そうとするように彼の舌がその部分で動いた。
狼藉を詫びるようにボク自身を手の中に包み込んで慰撫してきた。


(25)
今までの反動のようにボクの体は急速に熱を持たされていった。
―あ…あ…
痛みよりもそういう感触に対しての声を出さないようにする事の方が困難なのだと
よくわかった。声は一度零れ出すと止めようがなかった。たまらなく恥ずかしくて
自分の指を噛む。それでも咽の奥から声は漏れた。
深い場所から次々と波のように熱が生まれてくる感覚がしていた。彼の指の動きは
それを促し、ボクの体もさらに深くそれに応えようとする。
その熱が高まり切った頃に、再び彼は体を重ねて来た。
―ううっ…!
幾分滑らかに侵入を許したが痛みの程度はさほど変わらなかった。それでも
先刻までの一方的な行為ではなく、彼は他の部分にも愛撫を与え、
ボクを共に導こうとしていた。
無意識の内にボクの両腕は彼の首に絡み付き、彼の体熱を奪うように体を
密着させていった。自分から彼の唇を奪い、彼の舌を吸い取った。
―緒方さん…緒方さんっ…
―やっと名前を呼んでくれたな…。
熱くなる呼吸の中で彼の名を何度もくり返し呼び続けたような気がする。
中と外で同時に体芯が溶けるような熱情が弾けた。
ベッドの上で、彼の腕の中に疲労し切った体を預ける。彼が一向に泣き止まない
ボクに不安そうな表情を見せる。彼の指が拭うそばからボクの目から涙が伝い落ちた。



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