誘惑 第一部 21 - 25


(21)
誤ってどこかをクリックしてしまったらしい。ウィンドウが開いて「趣味一般板」という頁が表示された。
―「趣味」か。オレには無縁な言葉だな。
だが、特にどこに興味があったという訳でもないので、和谷は見るともなしにぼんやりと、上位
スレッドのプレビューに目をやった。と、そこに上げられていた長文に和谷の目が止まった。
―なんだ?これ…ポルノ…か?なんでこんなのがこんな所に…
和谷はゴクリと唾を飲み込んだ。なんだ、と思いながら目は文章を読んでいた。
が、それは途中で寸断され、「省略されました・・全てを読むにはここを押してください」とメッセージ
が表示されていて、更に次のレスに続きのようなものが挙げられている。和谷は迷うことなく、画面
をスクロールさせて「最新50」をクリックした。雑談のようなレスやAAの後に、似たような長文レスを
見つけた。だが、先程目にした文章とは違う。さっきの前の分だろうか、と思いながら読み進める内
に、その内容に和谷は眉を顰めた。
―なんだ、これ?男…?ホモ話かよ…?
オレはホモじゃねぇぞ、と思いながらも、その性描写に和谷は自分が興奮しているのを感じていた。
―な…んだ?ホモって、こんななのかよ?こんな風に…
突然、和谷の脳裏に、抱き合ってキスしていたアキラとヒカルの姿が甦った。
―アイツらも…こんなふうに、してんのかよ…?
文字情報だけの描写は容易にその登場人物を別の人物に置き換える事ができる。
和谷はそれを自分もよく知っている人物―アキラとヒカルに置き換えながら読み進めるのに夢中に
なっていた。和谷の目の裏では、書かれている通りにアキラがヒカルを弄り、攻め、声をあげさせて
いて、そして書かれた喘ぎ声はヒカルの甘い声となって和谷の耳に届いた。


(22)
それなのに、突然文章は途切れていて、その次には、目にうるさいAAを使った「キター!」(どういう
意味だ?一体?)だの「ハァハァハァハァ」だの、訳のわからないレスが続いている。
「なんだ、こいつら、バカじゃねぇか!?雰囲気ぶち壊しじゃねえかよ!!」
和谷はモニターに向かって悪態をついた。
―そりゃ、こんなの読ませられりゃ興奮はするかも知れねえけどさ…、っていうか、これ、一体どう
いうスレなんだよ?
そう思って、スレの1を読んでもさっぱり訳がわからない。1に書かれており、またスレッドタイトル
にもなっている名前も、和谷には聞いた事もない名前だ。
―芸能人とかじゃないよなあ。何かのマンガとかアニメのキャラクターのファン(?)スレなのか…?
でもここ趣味板だろ?これのどこが「趣味」なんだ?わけわかんねぇ。
この時間ではスレッドの内容を一気に読む事はできないので、100ずつ区切って読んでいく。
どうやら、先程の小説の登場人物に妄想するスレッドらしい、が、一体この訳のわからない空気は
何なんだ?(さっきの「キター」はどうやら長文―小説?―が「来たぞ!」と言う意味なのか?)
妄想小説も先程のものだけでなく、何種類かの小説が少しずつアップされている。
こんな、男同士のエロ小説なんかをこんなにいくつも、こいつら、一体何を考えてやがるんだ。ホモ
好きの女の妄想スレかよ?の割にはなんかレスは男言葉だし…。男が男に興奮して、どうするんだ?
「次100」とスクロールを繰り返す内に、やっとさっきも読んだレスに辿り着き、もう一度和谷は、―その
前段階を読んで少しは状況が掴めた―小説を、もう一度貪るように読んだ。
そして小説を読みきって、最後のレスまで読みきると、和谷はもう一度その画面をリロードした。
例の長文の続きが来ていないかと思って。だが、新しいレスは期待していた長文ではなく、別のレス
に対するレスが一つだけだった。それを見て、和谷は急になんだか自分がバカみたいに思えてきた。


(23)
「ケッ!くだらねえ!」
どうせ変態な奴らのくだらない妄想さ、オレはホモなんかじゃねえ、女の方が良いに決まってる。
そう考え、いま読んだ文章を頭から追い払おうと、ブックマークしておいたアダルトサイトにアクセス
する。だが、ダウンロードした画像に和谷は悪態をついた。
「なんだよ、ブスばっかりじゃねぇかよ!」
あれっくらいなら、塔矢や進藤の方がよっぽど美人だ。と、思ってしまって、和谷は慌てた。
―オレ、今、何を考えてた?
確かに、塔矢は綺麗だ。整った顔立ちと言うのはああいうのを言うのか、と思った事はある。
だがその美しい造形も、和谷にとっては塔矢アキラを「気に入らない」理由の一つだった。
女ならともかく、綺麗な男なんて、男が最も嫌うものだ。
そして進藤。あいつを美人だと思うなんて、どうかしている。そりゃ、確かに可愛らしい顔立ちとは
いえる。くるくると表情を変えるでっかい目に、子供っぽい口元。
何を考えているんだ、オレは。
なにもかもあいつが悪いんだ。塔矢のせいだ。
塔矢にしがみついて甘えていた、進藤の甘い声ととろけるような表情。見られて真っ赤になった顔。
いつもと全然違って見えた進藤を、色っぽいと思ってしまったなんて、どうかしてる。
そして―そして、その進藤の背中を、尻を、這いまわっていた白い手。
オレを惑わす、黒い瞳。柔らかな唇。オレをからかい、弄る、熱い舌。
あれは、色っぽい、なんてもんじゃない。いうならば―
「妖艶」と言う、先程読んだ文章の中の言葉が和谷の頭に浮かんだ。
例えば、あの唇が、舌がオレの――を弄るとしたら…
最初に目に入った文章の一節が甦る。和谷はそれを再現するようにファスナーをおろし、すでに昂
ぶりつつあった自分自身を取り出して、アキラの舌触りを想像しながら、自分の手でゆっくりと刺激
を与えていった。


(24)
「塔矢、」
対局を終えて棋院を出ようととしたアキラはいきなり腕をぐいと掴まれた。振り向かなくたって、
誰だかわかる。だが振り向くと彼はいつも以上に苛立ったような目つきでアキラを睨んでいた。
「話があるんだ。」
「そうだろうね。」
アキラは静かに答えた。
「話は構わないけど、手を放せよ。」
「いいから、来いよ!」
だが和谷はアキラの腕を掴んだまま、強引に歩き出そうとした。
「放せって言ってるだろう?どこへ連れてくつもりだ。」
「…オレんち。いいか?」
アキラは一瞬躊躇した。
確かに、誰が聞いているかわからない所でできる話じゃない。
和谷が一人暮らしをしている事はヒカルから何度か聞いた事がある。
だがアキラはいきなり相手のテリトリーに入る事を警戒した。
では自分の部屋か?それはイヤだ。あの部屋にヒカル以外の人間を立ち入らせるのは、イヤだ。
「ここでも、できる話だろう。」
だが、和谷はアキラの腕を掴んで放さず、低いかすれ声で言った。
「ここで、大声で叫んでもいいのか?おまえと進藤はデキてるって。」
アキラは腕の痛みに眉をしかめながら問い返した。
「…ボクを、脅迫するつもりか?」
「交渉だよ。」


(25)
玄関をあがって、アキラは室内を軽く見回した。雑然とした狭い部屋。自分の部屋と共通している
のは碁盤とPCくらいのものだ。
「進藤も何度も来たことあるぜ。」
アキラの考えを見透かすように、和谷はそんな事を言った。アキラは無言のままそんな和谷を
軽く睨んだ。
「なんもねぇけど、ま、座れよ。」
言いながら、和谷が畳に腰をおろす。つられてアキラも彼に向かい合うように座った。
ぼそりと和谷が口を開いた。
「…進藤と、どういう関係なんだよ…?」
「どういう…ね、」
それを一言で言えるなら自分だって苦労はしない、とアキラは思った。
「ボクは進藤を好きで、進藤もボクを好きだって言ってくれてる。それだけだ。」
「おまえら、男同士だろ?おかしいんじゃねぇか?」
「おかしかろうが、なんだろうが、好きなんだからしょうがない。」
「アイツと…してるのか?」
「してるのかって、セックスか?してるよ。」
あっさり言われて和谷は頭に血が上った。
「してるよ、だって?よくそんなにあっさりいえるな?変態かよ、おまえ!?」
「変態だろうがなんだろうが、好きになったらしたくなるのは当然だろ。
相手が男だってなんだって。」
「じゃあなんでオレにキスなんかしたんだよ!?」
アキラが軽く目を見開いて和谷を見た。
そして、クッと小さく笑って、言った。
「して欲しそうな顔で見てたからさ。違うか?」



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