ヘタレ 21 - 25
(21)
「アイツやっぱスゲエよ!どんどん面白い手を打ってきてさ!」
塔矢?塔矢アキラ?
確かに進藤とは同い年だし…確か、棋院に入る時、「ライバルだ」とかなんとか言ってたよな。
そう、不思議じゃない、進藤と塔矢が仲が良いのは。
でも、ただの「友達」の事を語る表情じゃない、今の進藤は。
「なんだよ、お前等この前の手合いでケンカしてたじゃないか」
和谷が少し面白くないといった表情で進藤につっかかる。
「そうなんだけどさ。最近学校の帰りに………」
最近?!学校の帰り?!そんなに頻繁に会ってるのか?!
「…え、し、進藤、その、塔矢とは、頻繁に打ったりしてるのか?」
やっと言葉が出たと思ったら、何故かしどろもどろにしか言葉が出ない。
「うん!ホラ、先週伊角さんに会った時も、その前に。」
俺に会う前も…?
進藤は、本当に楽しそうに塔矢との対局・検討について語り出す。
和谷は塔矢を気に入らないらしく―勿論俺もだ―仏頂面で聞いていたのだが、次第に進藤が語る
対局内容に引き込まれていく。
しまいにはマグネット碁盤を出しての検討が始まった。
確かに一手一手が面白く奥が深い。やはり進藤と塔矢は良い打ち手だと感じる。
…しかし俺は今、眼前で展開していく一局よりも進藤の塔矢を語る表情が心に引っ掛かり、イマイチ
検討に参加出来ないでいた。
(22)
「っと、コーラなくなっちゃったな。そーいや結局、進藤、何も食ってないのな。
ついでに買ってきてやるよ。何かいい?
「マジで?んじゃ、フランクバーガー!チーズの方な!」
和谷が席を立つ。
でも、既に俺は和谷なんか眼中になかった。
頭の中で、ずっと、ぐるぐるまわってる。
進藤が、塔矢と、塔矢アキラと頻繁に会っている。
胸騒ぎがした。院生時代、進藤はしきりに塔矢の事を意識していた。ライバルだと言っていた。
それが今は仲良く検討?そんなワケあるのか?本当にそれだけなのか?
塔矢は進藤に対してライバル以上の感情を持ってないのか?
例えば、俺みたいに。
一度握り潰したコーラのカップを、更にきつく握り締める。少し、震えていた。
…恐ろしい結論に辿り着いてしまった。
進藤と、塔矢が、俺と進藤の様な関係なんじゃないか、と。
進藤は押しに弱いと思う。しかも隙も多い。それに可愛い。
そうだ、最初だって俺が強引にしてしまったんじゃないか。
俺と同じ感情を持つ人間が少ないとは思えない。
「…進藤。」
自分でも驚く位、落ち着いた声出た。心の中は大嵐なのにな。
進藤の手に、自分の手を重ねる。
一瞬驚いた様な表情をしたもののすぐに笑顔になり、俺に視線を向ける。
「何、どうしたの?伊角さん」
そっと、俺の手を握る。少し心の中の風が止んだ。
「あのさ…この後、碁会所行くんだろ?
その後、そうだな…8時くらいにお前の家行っていいか?泊まりたい。」
行為はもっぱら進藤の家で行われている。まだ中学生の進藤が頻繁に外泊させるのは心苦しいし、
進藤の親に不審がられてしまう。
幸いなことに俺は進藤の両親に気に入られており、快く迎えられる。後ろ暗い感情しか持っていないので、
少々良心が痛むが。
言葉の意味を汲み取って、顔を真っ赤にする進藤。キスしたい衝動に駆られたが場所が悪い。
今度は俺が強く手を握り締める。
消え入るような小さな声で、いいよ、と聞こえた。
(23)
夜、八時。
約束の時間だ。
今、俺は進藤の家の前に居る。
…が…どうも…インターホンを押す踏ん切りがつかずに玄関の前で固まってしまって
いた…
検討が終わり、進藤と別れた後も俺と和谷はマックで他愛もない話をしていた…と思う。
和谷から投げかけられる言葉は全く頭に入ってこず、ぼーっと進藤と塔矢の事を考えて
いたら、気が付いたら和谷は帰っていて俺は一人取り残されていた。
あんな(進藤にとっては)何気ない言動に心を乱されて、折角久しぶりに会った和谷に
悪い事したな。でも、今の俺には進藤の方が重要なんだ。男ってこんなもんだろ?スマン、
和谷。ああ、俺が中国で得た技術も、進藤に関してじゃあ役に立たないのか。全然心の
コントロールが出来てない。スイマセン楊海さん。よくこんなのでプロ試験に合格出来たな。
それだけ俺の中で進藤は特別な存、
ガコンッ
進藤の家の扉に懺悔をしていると、急に扉が開き、俺の額に直撃した。
「うわッ、スイマセンッ…って、伊角さんじゃん。あーゴメン!大丈夫?」
頭がガンガンいっているが、努めて平然な表情で、大丈夫だと答える。こんな事で進藤に
心配かけたくない。
「どっか出かけるのか、進藤。」
「いや、伊角さん遅いからさ…ちょっと近所見てこようかと思ったんだけど。」
そう言われて玄関に置かれている時計にチラリと目をやる。
針は既に八時半を指していた。
…俺は三十分も扉の前で何をしていたんだ…
「先に二階いっといてー、何か飲み物持ってくるから」
そう言って恐らく台所の方向に進む進藤。
「あ、その前に、親御さんに挨拶、」
「いいよ、そんなのっ」
即答。
「しかしだな、泊まるんだし挨拶位ちゃんとしとかないと…」
「…から。」
ん?もごもごと小さい声で何か言っている。
「何だ?聞こえなかった。スマンもう一度…」
「今日親居ないからッ!知んないけどじいちゃんち行くとかなんとかで、だから、挨拶
なんていいから早く二階上がってよ!」
こちらに顔も向けずに早口で捲し立てる。
そうか、親御さん居ないのか………あ。
なんとなく顔が赤くなる。
イヤ、居てもするんだけど。
ふと進藤の方を見ると、こちらを向いていなかったが耳まで赤くなっていて、羞恥からか
少し震えてる。
堪らず後から抱きしめ、首筋に口を落とした。
「や、やめてよ伊角さん、こんなところでっ」
ああ、なんて可愛いんだおまえは。
(24)
無理な体勢なので体がキツイが、勢いでカバー。
うなじを重点的に責め、耳朶、頬、と徐々に唇に近づく。
俺の唇が触れるたびにビクンと体を震わす。進藤はキスに弱いんだ。
「…進藤、かわいいよ。」
「な、なに言ってんだよ伊角さ…ん…」
言葉が終わるか終わらないかのところで唇を塞ぐ。恍惚とした表情で目を閉じ口を薄く開け
俺を受け入れてくれる。
進藤のそんな顔がたまらなく好きで、俺は勿体無くてキスの時目を閉じる事が出来ない。
「や、やめてよ、伊角さんってばぁ…」
いつもならココで体重が俺に預けられるのだが、今日は違った。
力は入ってないが、体を引き離そうと手を突っ撥ねる。
「進藤?」
「先に二階上がってって。」
「なあ、進藤、どうかしたか?」
「何が?」
何がって…
「…今日さ、すげー良い碁、打てたんだ。伊角さんにも見てほしい。
検討しようよ。だから、」
少し早口で言い終わると、決して目を合わせることなく俺の手から逃げるように抜け出、台所の
方へ。
…進藤?
(25)
進藤の態度は、昼間の出来事を思い出させる。折角キスで忘れかけていたのに。
今日まで進藤に拒まれた事なんてなかったんだ。なんで、今日に限って。
良い碁って…塔矢と打った碁か?塔矢と打った碁は俺とのセックスより大切なのか?確かに
俺達にとって碁は大切だ。でも。
…イヤ、いくら二人っきりだからって廊下でだなんて気が早急すぎたんだ。あんなに可愛くても
成長期の男だ、体重を預けられたって進藤を抱きかかえて二階の部屋へ行くのはキツイしな。
自分で無理矢理納得しようとしているのに気付かないフリをして、俺は二階の進藤の部屋に
向かう。そうだ、何を今更不安を感じる必要がある、俺と進藤はこの部屋で何回セックスをして
きた?
最初こそ強姦を言えるものだったかもしれないが、以降は合意の上で行われた。向こうから
求めてくる事だってあった。そう、何も不安になる事なんてない。
先に部屋に入りベットに腰掛け、進藤を待つ。
動悸が早鐘の様だ。落ち着け、落ち着くんだ。
今から塔矢の、進藤と塔矢の打った碁を検討する。しかし、その後はセックスだ。今日は進藤の
両親もいない。好きなだけ出来るじゃないか。
まもなくドアが開き、炭酸飲料のペットボトルとコップを二つ器用に持った進藤が部屋に入って
くる。
「ごめん、お待たせ。炭酸でイイよね。」
さっきの余韻か、まだ顔が少し赤い。
「さあ、検討しよぜ。」
そう言い、部屋の真ん中に置かれている碁盤の正面に座り、碁筒を手に取る。
碁盤に展開してゆく棋譜は、美しく斬新な発想の応手で、碁打ちとしてひどく興味をそそられた。
しかし、男として俺は、進藤の同世代に比べて色素が薄くしなやかなかな手に目を奪われる。
あの手は、進藤は俺のものだ、塔矢アキラになんか絶対に渡さない。
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