平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 21 - 25


(21)
「どうしたんだよ?」
ヒカルは怪訝そうな顔で問い掛けたが、佐為はかまわずに庵を出て、渓流に降りた。
頭を冷やして、心を落ち着けたかった。
渓流に降りてその浅瀬に寄り、しゃがんで水をすくって顔を洗った。
あの少年が自分に一途に寄せる想いを知りながら、自分はこれ以上、彼に何を
求めようというのだろう。
自分の欲望には果てがない。
足元の川面は、急な流れの中心とは離れ、ひたひたと浅いせいか、まるで水たまりの
ように佐為の顔を映し出していた。ヒカルが言うように美しいなどとはとても
思えない。
鬼のような顔だと思った。
欲に歪んだ醜い顔だ。
昔、母に聞いた話を思い出した。山奥に醜い鬼だか物の怪だかが住んでいて、その
物の怪は水を飲むために池や川に降りてくるのだが、水面にうつる自分の醜い姿に
怯えて水に口を付けることが出来ない。だから物の怪は、ずっと喉の渇きに
苦しみ続けるのだという、そんな話だった。


庵に戻ると、ヒカルも既に衣服を整えて、縁側に座って佐為を待っていた。
口の中で小さく、また鶯の谷渡りの数を数えているようだ。
佐為は、そのヒカルに少し距離をおいて座って、声を掛けた。
「今日は北の鶯はどうですか?」
「うん、やっぱりあいつが一番よく鳴くよ」
その時、近くでまたあの鳥の声がした。
――キュロロロロロロ………ン
――ルロロロロロロロロ…………ン
「赤翡翠だ!」
ヒカルが、その姿を探すように首を巡らせた。
声は庵の東から渓流の方へと移動してく。
「探しにいってみましょうか?」
「うん、行こう!」


(22)
立ち上がろうとして、少しよろけたヒカルの腰を佐為が支えた。ヒカルがその
佐為の袖を掴んで引っ張る。
情事の名残りで体が辛いはずなのに、先頭にたって鳥の声を追いかけていくのは
ヒカルの方だ。佐為は渓流の方へと、引き離されないようにしながら草むらを
かき分け、必死にヒカルの背中を追いかけなければならなかった。
渓流に出ると、今度は鳴き声の主は、流れの上流へ上流へと移動していく。
「行くぞ、佐為!」
ヒカルは石を乗り越え、張りだした木の根を踏み越え、どんどん流れに沿って
登っていく。ヒカルの背を追ううちに、佐為もいつのまにか、姿を見せない鳥を
追うことに夢中になっていた。
「ほらほらヒカル! 左の方へ行きましたよ」
二人で、子供に返ったみたいに鳥の声に聞き耳を立て追いかけた。もし他に
見るものがいたら、この二人は転がるように杉の木立の間を駆けていく二匹の
子犬のように見えただろう。鳥の声が渓流の側を離れたので、二人も川の横の
ぬかるんだ斜面をその方向によじ登った。
「あっっ」
「佐為!」
足を滑らせた佐為に、ヒカルが慌てて手を延ばす。それでも、じめじめとした
泥に足を取られて、ちょっとした崖のようになったそこを滑り落ちそうになって
いく佐為を、ヒカルはもう片手を近くの木につかまらせて、必死で上に引き上げた。
やっとの事で佐為を助けおこしてから、ヒカルが文句を言った。
「もーう、あいつが逃げちゃったじゃん!」
「すいません……」
「おまえ、本当、運動はからっきしダメだもんなぁ」
夜の運動の方はあんなに上手いのに、と際どい言葉をさらりと吐いて笑う。
着物が泥だらけになっていたので、とりあえずそれを洗って帰ることにした。
少し下流にあった淵に行こうという話になって、二人とも歩き始める。
「それにしても、ヒカルはよく平気でしたねぇ」
「何が?」
「いえ、体が辛いのじゃないのかと思っていたので」
その佐為の言葉の効果はてきめんだった。ヒカルが重い顔をして立ち止まった。
「忘れてた」


(23)
「え?」
「思い出したら、なんか辛くなってきた」
「ええ?」
「佐為〜〜〜」
寄りかかってくるヒカルを支えて、淵まで歩く。抱いていこうかと申し出たら、
そんなみっともない真似出来るかと怒られた。
鳥達が其処此処で鳴いている。初夏の萌える木々の緑は、佐為の白い狩衣さえ
その色に染めてしまう勢いだ。
鱒の影がいくつもよぎる淵に降りて、泥の跳ねた着物の裾を洗う。
走ったせいで、情事の後とは違った種類の汗に体がしっとりと濡れて、着物が
背に貼り付いていた。
それはヒカルも同じらしく潔く着物を脱ぎ捨てて、淵に入っていった。
「佐為も来いよ、汗流してるうちに着物も乾くさ」
ヒカルの言う通りだった。洗われた狩衣、指貫の裾は泥は大分落ちたが、水を吸って
随分と重くなってしまった。佐為も着物を脱いで、それを近くの沢胡桃の
木の枝にかけると水に入った。
ヒカルがじっとこちらを見ていた。
「なんです?」
近寄ってきて、佐為の胸に手を添えた。
「これ、昨日の? ごめんな」
昨日の最初の交わりで、ヒカルが快楽の辛さに引っ掻いてできた傷だった。原因は
自分なのだからヒカルが気にすることはないのだと言おうとして、佐為は息を詰めた。
ヒカルがその傷に舌を這わせたのだ。ペロペロと母猫が子猫にするように、
傷を舐め、それが時には乳首を掠める。眼下のヒカルの肩に昨日の情事の痕。
朝餉の後と同じ気分が蘇った。目の前の細い体を強く抱きしめて唇を奪った。
ヒカルの確信犯的行為であったことは、口付けの寸前に目に入った薄い笑みで
分かった。
それなら、と、ヒカルの体に散る花びらをひとつひとつ辿るようにきつく
吸い上げると、ヒカルは佐為を押し倒す勢いで体を寄せてきた。実際にすぐ後ろの
岩に押し付けられて、ヒカルと岩の間で身動きが出来なくなる。


(24)
「ヒカル、体が辛いんじゃないんですか?」
「水の中だとちょっと平気」
そう言って、ヒカルは水面の下で佐為のモノに手を伸ばすとそれをしごき、その
固さを確かめると、おもむろに背伸びするように佐為にしがみつき、それを
自らの手で後腔の位置に導くと、少し体を浮き上がらせてから、その上に腰を
おろすようにして、奥深くに飲み込んだ。
「んん…んっ」
少し辛そうに、眉を潜ませている。佐為はヒカルのしたいようにさせた。ヒカルの
中は熱くて気持ちがいい。鍛練をおこたらない緊張した筋肉がしめつけてくる。
ヒカルが腰を揺らすと、水面がそれに合わせて揺れた。
頭をかかえるようにして抱き寄せられて、ヒカルが、佐為の頬に自分の頬を合わせた。
「…寂しいのか?」
優しい問いに、佐為は黙ってヒカルが動きやすいように、体を支えた。
ヒカルが自分の腰を佐為の中心に押し付けるように動かしている。
「ん……っ、ん、」
その度に、ヒカルの口から小さな嬌声が漏れた。
ヒカルが自分をよくしてくれようとしているのがわかった。
こうしていると、突き入れているのは自分なのに、まるで自分の方がヒカルに
抱かれているようだった。


(25)
「おまえ、…ん…朝からなんか、変だよ」
ヒカルは小柄な体で佐為の体を後ろに押し付け、のしかかるようにしながら、
上下に腰を揺らし、その動きを続けるために佐為の首に手を絡めている。
ヒカルが動きやすいように膝を曲げ、腰を落とすようにしてやると、
いいところに当たったのか、眉間をよせたヒカルの口から小さく喘ぎが漏れた。
どうしたら、説明できるだろう。
ヒカルに手を伸ばすことが怖いのではない。ヒカルに手を伸ばし、それだけでは
足らずにどこまでも貪欲にヒカルを欲してしまう、自分自身が恐ろしいのだと。
「オレがいるのに、寂しいのか?」
潤んだ瞳でまっすぐに見つめてくるヒカルを見返す。
自分の長い髪がさらさらと、川の流れにほどかれて、蛇のようにヒカルの体に
絡まっていた。
体に流れて当たる水の冷たさと、ヒカルの体の熱さが対照的で、なぜだか切なかった。
気付けば、ヒカルをきつく掻き抱いていて、その肩口に顔をうずめるようにしていた。
結局、恐れながらもこうしてヒカルに手を伸ばさずにはいられないのが、自分の
弱さなのだ。
「オレ達、昨日ここに来てから、してばっかだな」
ヒカルが、佐為もようやっとその気になってきた事が嬉しいという表情で、
語りかけてくる。
「なんか、冬の時のこと思い出すよ」
佐為も、そのヒカルの言葉に思わず笑みをもらした。
冬、特に一月は行事が多く、警護役のヒカルはいちいち雪道を佐為の送り迎えに
出勤するのが面倒で、佐為の家に泊まることが多かった。また、せっかく何もない
日でも、雪に道を閉ざされてヒカルが自宅に帰れないような事も幾度か重なり、
自然、共寝をする機会が増えた。そのつもりがなく、ただ並んで寝ているだけの
時も、寒さに暖を求めていつのまにか相手に手を延ばし、気がつけば体を重ねていた。
終わった後、お互いに顔を見合わせて笑ってしまうほど、冬の間中そうして飽きも
せず睦み合い、抱きあっていた――。



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