敗着─交錯─ 21 - 25


(21)
「…悪かったな…おいで」
頭をなでると素直にすり寄ってくる。
「オレ…」
「もう何も言うな…」
続きを唇で塞ぐと丁寧にキスをした。
耳朶から首筋にかけて唇を滑らせ鎖骨を舐める。
「……、」
進藤の手がシーツを掴んだ。

―――アキラとは、会うだろう。
若手最強棋士とはいえ、まだ低段者だ。わざわざ機会を作らなくても顔を合わすことは多い。
アキラのあの調子だと、頭の中は進藤のことで一杯―――といったところか。
(昔から、対局中は何か別のことに気を取られているとは思っていたが…)

「せんせっ…」
自分を呼ぶ声で我に返った。
熱を帯びてきた身体を抱きしめ思わず囁いた。
「進藤…、」
「……?」
首に回され頭を掻き抱いていた手が止まった。目をぱちくりとさせ、鼻の頭に汗を浮かべて驚いてこちらを見つめている。
「どうした…?」
「今…初めて呼んだ…オレの…」
「……気のせいだ」
何か言いかけるのを感じて、起きあがろうとするのを制し絡めていた脚に力を入れ中に割り入った。
「…あ…っ!」
アキラの顔と、床に落とされた鍵が頭の中で交互に現れ消えていく。
(どうしたんだ…、オレは……っ)
その考えを振り払うように、夢中で進藤を抱いた。


(22)
「アキラ」
「はいっ!?」
呼びとめたのが父親だと分かって、慌てて険のある顔を元に戻した。
「…近頃のおまえは落ち着きがない。何かあったのか?」
「いえ…。何もありません」
「…そうか」
父親が小さく息を吐いた。
「…学校に遅れますので、ボクはこれで」
「ああ…気をつけて行ってきなさい」
鞄を取り靴をはいて爪先をトントンと地面に叩くと引き戸を引いた。
―――お父さん。これだけは、ボクには言えない…。

父親への隠し事は、予想以上に重く心にのしかかっている。
ほんの何ヶ月か前までは、「秘め事」と思いその危うさを楽しんでもいたが。
ここ数日、自分が苛立っているのが分かった。
進藤に会えない。会ってくれない。
偶然に学校帰りの進藤を捕まえかけたが、すんでのところで逃げられてしまった。
怪しまれないように気を遣って幾度か家を訪ねてみるものの、いつも肩透かしを食わされる。
やって来たバスに乗り込み、つり革につかまると外の風景をじっと見つめた。

緒方さんとは、進藤の一件以来まともに口をきいていなかった。
研究会では父の目を気にして平穏な状況をつくってはいるが、内心はらわたが煮えくり返っていた。
父の手前、つかみ掛るわけにもいかず、何より自分と緒方との間にある肉体関係は、決して父には知れてはならないものだった。
「あの、スイマセン、降ります…」
「あ、すみません…」
後ろを通ろうとした女性に慌てて道を空ける。


(23)
一度だけ、父の留守に家にやって来た緒方を思いきり問い詰めたことがあった。
だけど、
「オレと進藤は一度きりで終わった」
の一点張りで後はいつものように軽く受け流されてしまった。
何か信用することが出来なかった。
普段は適当な生返事をして言い包めてしまう彼が、きちんと返事をすること自体がおかしかった。
(進藤…なぜだ…)
自分は進藤に好かれている。
例え男女間に存在する恋愛感情とは違っても、ある種の好意は持たれているという自信はあった。
それは一夜限りの関係ではあったが、肌を通して伝わってきた、と確信していた。
その思いが余計にアキラを苛立たせた。

(和谷…)
”同期の友達”という存在が浮かび上がった。
進藤の家を訪ねる度に、そこに泊まっていると言われる。そしてそれは嘘ではなく、本当に家にはいないようだった。
おかしい。
あまりにも頻繁過ぎる。
進藤の同期には越智と、その「和谷」という人物がいる。
―――まさか、
つり革を握る手に力が入った。
自分の性癖や、進藤に抱く感情が他の人間にもあるとはすぐには思いつかなかった。
だがその自分も、最初は緒方に導かれ、開かれた。
いても立ってもいられずに、忌々しげに爪を噛んだ。

森下門下か――。


(24)
「8520円になります、」
「釣はいい…」
タクシーから降りると、上を見上げた。
自分の部屋に明かりがついているのが見える。
(久しぶりだな…部屋に電気がついているのは…)
なんとなく、足取りが軽かった。
今日、棋院で偶然に進藤に出くわし、この間の罪滅ぼしの意味も含めてキーホルダーごと部屋の鍵を渡しておいたのだ。

「今日はエライさん連中と飲みに行く。帰りは遅くなるから…先に寝てていいぞ」
人気のない場所へ促し、キーホルダーを渡して説明する。
「飲みにいくの?」
鍵の一つ一つを触りながら答えた。
人が来ないかを気にしつつ続ける。
「ああ、懇親会だ。多分…遅くなる。酒が入るから車は使わない。それ、持っていっていいぞ」
「ふーん…」
車のキーを物珍しそうにいじっている進藤を残して、足早に立ち去った。

部屋の前に立つと、念のため呼び鈴を押してからノブを回した。
鍵はかかっていなかった。
もつれかかった足で玄関に入り、ドサリと腰を下ろすとぐったりと壁に寄りかかる。
「おっせーよーっ!」
足音をたてて、ジャージ姿の進藤がドスドスと歩いてきた。
部屋からはバラエティー番組であろうテレビの音が漏れている。
「ああ…今帰った…」
丁度いい具合に酔って気分が良かった。
「ったく…。酒くせーしタバコくせーし、オレ、もう寝るからな!」
横にぺたんと座って膨れている顔をまじまじと見つめると、頭をくしゃっと撫でた。
少し驚いて目をしばたかせる。
「……相当、酔ってる…?」
「ああ…酔ってるな…」
アルコールの勢いも手伝って、覗き込んでくる進藤の顔に見惚れていた。


(25)
「進藤…悪いが、水もってきてくれ、…」
「ん、ちょっと待ってて」
ぱたぱたと去っていく足音を聞きながら、ネクタイを緩める。
(たまには…こういうのも…悪くないな…)
夢と現実との境をゆらゆらと漂い、安らいでいた。
「ハイ、水っ」
「おう、サンキュ…、―――っ!!」
一気に流し込んだ瞬間、思いきり吐き出しそうになった。
「…って、何だ!、これは!」
「何って…水でしょ?」
確かに無色透明の液体ではあった。
「水じゃないっ、これはっ、どこにあった!」
「机の上。ずっと置いてあったよ」
(机の上…?)
―――思い出した。
出掛けに軽くひっかけようと思ってグラスに注ぎ、結局口をつけなかった――
(中身は――洋モノのジンで――アルコール度数が……、確か、42%……、)
グルリッと視界が回ったかと思うと、いきなり頭が床に叩きつけられた。
(……痛ぅ…!)
顔が熱くなっていくのが自分でも分かり、動悸が異様に速くなる。
横を向くと、進藤の姿はそこになく、テレビの音も消えていた。
(あのガキ…っ、匂いぐらい…、かげよっ…)
やっとの思いで立ちあがると、つまづきながら這うようにして廊下を歩いていく。
部屋に入ろうとして――
丸められたファーストフード店の包み紙が、足元に転がっているのに気がついた。
「………」
部屋の中は見ないようにして、寝室にたどり着くと、クウクウと寝息をたてている進藤の隣に体を横たえた。
とにかく目をつぶった。



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