ルームサービス オカッパ編(1)
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それはジムのプールでの出来事だった。
地方で仕事があり、ヒカルが一緒だった。一日、二人で帰るのを伸ばして、
ホテルの付属のジムのプールで泳ごうということになった。
やはり仕事だった緒方がそこにいたのは偶然だった。
いやな気分がしたが、とりあえず、ヒカルが出てくるまでにひとおよぎ
しようかなと思ってはおっていたシャツを脱いだ。
だが、突然緒方が言ったのだ。
「アキラ君、そのシャツは脱がない方がいいと思うが」
「・・・なんですか突然、緒方さん」
不審な顔をして聞き返したアキラに緒方はなんともいえない表情をした。
「・・・シャツ着たままじゃプールに入れません」
緒方が苦笑する。
「いくら強くてもやっぱり子供は無分別だな。・・・・・背中、痛くないのか?」
「背中・・・・?」
緒方が面白そうに読んでた新聞を顔に寄せた時ヒカルの声が明るく響いた。
「まったかあ。わりいな、塔矢、アレエっ緒方センセ?」
緒方は挨拶をしながらヒカルの水着1枚の体をつくづくと眺めた。
「進藤、お前、全然虫さされのあととかないな」
「虫さされ?ああ、オレあんま虫にさされないんだ、蚊ってさ
とまった瞬間わかるじゃん、みんなわかんないっていうけど、
なんでかなぁ?」
「ほお」
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「それに肌丈夫みたい、ケガとかしてもあんまりあとに
なったことない」
「なるほどお」
「あ、ジャグジー、オレ先にジャグジーはいろっと」
子供のように走っていったヒカルを見送って緒方がつぶやいた。
「まあいろいろと大変なこったな」
「だからナニが言いたいんですか、緒方さん?」
「アキラ君の背中には思い切り爪のあとが残ってるんだよ」
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浴室の床にだらりと投げ出されたヒカルの両腕と、両足に
はかなり強く拘束具の線が残ってしまっている。
「塔・・・矢」
顔に手をよせようとするが痺れて力が入らないようだ、次の手合いまで
に石が持てるようになるかどうか少し不安になったが、そんなことはとり
こし苦労にすぎないと苦笑した。
ヒカルの肌は跡を残さない。
何者も進藤ヒカルを侵すことはできない。
肩をひくつかせて笑う緒方をアキラは睨むしかなかった。
「昨日か、おとといか?」
アキラは憮然として答えない。緒方には二人の関係はバレていた。
「昨日ですよ」
緒方はが笑うのをやめ、ジャグジーの中ではしゃぐヒカルに目をやる。
「へえ、一晩で跡が消えたのか」
アキラは言われて初めて気が付いた、そうだ、アキラの背中にヒカルの
爪の跡が残ったように、アキラもヒカルの体に散々跡をつけた。
なのにそれが、さっき見た限りでは残ってなかった。
「それで、蚊がとまった瞬間にわかるぐらいに敏感とね・・」
「ナニがいいたいんですか、緒方さん」
「壮絶だな」
「ナニが」
「見てみろよ」
緒方が顎でジャグジーを示す。
ニコニコと笑いながら、いろんなつかり方を試しているヒカル。
アキラと目が会うと、楽しそうに手を振った。
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アキラも振り返すが、ヒカルと一緒にジャグジーにつかってる男と
そばのベンチに座ってる男の視線がヒカルにねちっこくはりついているのに
気が付いた。確かに、視線がはりつくのはわかる。
髪が濡れてかたちのよい頭にはりつき、成長途上ののびやかな肌が水滴をした
たらせている。表情は無邪気なのに、驚くほど色っぽかった。
「蚊がとまったくらいでわかるってことはえらく敏感だな、しかもそんな肌が一
日で跡を消す。で、アキラ君の背中にはそんな跡が残ってると。んでアレだ。アキラ君、
大変だな」
「だからナニがいいたいんですか?」
「まあ、せいぜい翻弄されるこった」
「塔矢・・・オレ先およぐぜー」
ジャグジーからあがってヒカルが声をあげた。
「あ・・・うん」
言葉を濁す。ほそく白い体がしなやかな弧を描き、水面に
消えて、波紋が広がる。
・・・塔矢、塔矢!キモチいいぜ・・・!!
勢いよく手をふるヒカルは確かに光を放っていた。
アキラの贔屓目ではない。本当に注目が集まっていた。
それはただ単に容姿のすぐれた少年に集まる注目だけではなかった。
アキラにはわかった。
ジャグジーの男が、ゆらりと、プールの方へ動いた。
その視線にはあきらかな熱がこもっている。
まるでエサをちらつかされた犬のようだ。
そう思った。
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ガランとした部屋の中で犬はぐちゃぐちゃになった机の上を一身
に舐めていた。
サンドイッチにケーキ、それらはさきほどまでヒカルの体の上にのせ
られていたものだ。
あきれる。
(そこまで狂うか・・・・)
だが狂うのだ。この男はヒカルをひと目見ただけで、正体不明の子供の
部屋にノコノコやってきて、そこで変態プレイをしているのを見ても
逃げ出したりせず、犬と言われて従い。他人の肛門に入っていた
クラムチャウダーを全てすすりとったのだ。
アキラではない、この男を狂わせたのはヒカルだ。
「犬」
侮蔑をこめて言った。
犬が顔をあげる。
「片付けが終わったら、そのクリーム、それとそこの箱に入ってる
手袋をつけてバスルームに来ていい」
アキラは笑った。
「素手じゃなければ進藤にさわってもいい」
いつも最初に入れるときはさすがにつらそうだ。眉間にしわをよせて
かわいらしい唇をゆがめて、息を吐く。
以前より成長したとはいえ、自分より小さなからだのそこにそれを入
れていくときは、まっさらな花びらをむしって散らしているかのような
気がする。
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