失楽園 21 - 25


(21)
 赤黒くグロテスクな形をしたものが視界の端に映ると、光を無くしていたヒカルの瞳に僅かに
怯えが走った。
 大人のそれはヒカルの想像を絶する巨きさだった。
 ホテルに備え付けてある程度のアダルトビデオすら、ヒカルは見たことがない。ヒカルは未だ
自分のものとアキラのものしか見たことがなかったのだ。
 目を見張って息を呑んだヒカルの様子を、緒方は目を細めて観察している。
「デカいか? ――大丈夫だ。アキラくんはいつもこれを咥え込んでる」
 緒方は上機嫌にクスクスと笑いながら、立ったままのアキラへと視線を流した。
 アキラはヒカルと同じく緒方の牡の部分を凝視している。緒方の台詞が耳に届いたのか、その
白磁の頬は朱を刷いたように染まっていた。
 直接的な言い方は、ワザとなのだろう。ヒカルに言うように見せかけて、緒方が実際期待して
いるのは、アキラへの効果だ。それがわからないほど、ヒカルは愚鈍ではなかった。
「慣れると、自分から腰を振ってねだってくるようになる。自分で入れたり出したり……信じら
れないだろうが、ストイックなように見えてアキラくんはとても快楽に貪欲だ」
「………っ」
 ヒカルは信じられないような気持ちでアキラを見上げる。しかし、緒方の発言のほとんどが
真実であることも、ヒカルは理解していた。
 アキラを責めるつもりはなかったが、アキラはヒカルの視線から逃れるように顔を背けて目を
固く閉じる。
 何かを堪えるように固く握り込めた拳はブルブルと震え、その額には汗を滲ませていた。


(22)
(塔矢……?)
 ヒカルはアキラの手の震えに尋常ではないものを感じた。エアコンに温度を完全に制御された
この部屋で、アキラの額に浮かぶ汗の量は不思議なほどだ。ヒカルは首を傾げる。
「とう……」
 ヒカルはアキラを呼ぶために口を開いた。
「ああ、アキラくんと寝たんならオマエも知ってるか」
「……そんなの、知らねェよっ!」
 ヒカルの言葉を遮って、さも面白くないと言わんばかりに吐き棄てる緒方にヒカルはカッとなっ
て言い返す。そしてまたすぐにアキラを見上げた。
「塔矢、どうして先生にこんなことさせてんだよ……なんでボサっと立って見てんだよ」
 ヒカルは焦れた。アキラは汗を滲ませながらも、緒方の局部とヒカルの間に視線をさまよわせ
決して動き出そうとはしない。
「塔矢……!」
 ヒカルは再度アキラの名を呼んだ。この狂乱から救えるのはアキラしかいない。そのことを
ヒカルは直感で知っていた。剥き出しの自身を昂めるように撫でている緒方は、恐らくヒカルを
アキラへの嫌がらせの道具のようにしか見ていないのだ。
 自分にも判っていることなのだから、アキラが気づかないはずがない。
 塔矢―――
 一向に動き出そうとしないアキラに、ヒカルは鋭く舌打ちした。
 若い2人は月と太陽、静と動――そのようなイメージでまるで対極にいるが、それぞれ危うい
魅力に満ちている。
 立ち尽くすアキラと焦れるヒカルの様子を、緒方は笑みを浮かべて鑑賞していた。


(23)

 開け放たれたリビングのドアを潜ると、ソファの上に脚を組んで座る進藤ヒカルがいた。
そのいかにも健康的な色艶をしている頬が赤いのは、自分とアキラのセックスの様子を
彼が想像していたからに違いない。ただでさえ想像力が逞しい年頃である上に、我を忘れ
かけたアキラは奔放に声を上げていた。目を閉じて耳を塞いでも、このマンションがどれ
ほど防音設備が整っていても、掠れた嬌声は幻聴のように頭の中で何度も繰り返し響いて
くるはずだ。
 アレはそういう生き物だ。自分がそう仕向けそして躾けた。元来の生真面目さがアキラ
にとっては仇となり――緒方にとっては嬉しい誤算ではあったが――期待以上に成長した
インキュバス。それがアキラだった。
 緒方はドアに凭れ、自分にまだ気づかずにいるヒカルを見遣ると口の端を僅かに上げる。
こちらを確かに見ているはずなのに、ヒカルの視線は虚ろだった。
「マスターベーションでもしているかと思ったんだが」
 何気ない口調の一言にさえ、ソファの上に座った小柄な身体は大げさなほど激しく反応
する。教師に居眠りを注意されたときの同級生の仕草を思い出し、緒方はクックッと喉を
震わせた。
「流石にここでする男気はないか」
「――――っ」
 緒方の言葉を侮辱と取ったのか、ヒカルはギリと奥歯を噛み締める。
 大きな瞳に漲る怒りはしかし、緒方が室内に一歩足を進めると途端に弱くなった。


(24)

 緒方は気怠げにソファの前まで歩み寄ると、ヒカルの胸元に手を伸ばした。遠慮なく伸
ばされた緒方の手から逃れるように身体を捩ったヒカルは、ソファの背に背中をぴたりと
着けた。追い詰められた猫さながらに。
「ふぅん…怯えているのか?」
「……っ、誰が」
 ヒカルの喉元をゆっくりと指先で擽りながら、緒方は酷薄の笑みを浮かべる。アキラも
凛とした美しい眼をしているが、この子の強い眼差しもどうだ。まだほんの子供のような
のに…アキラの誘いを拒否できる強靭な意志さえ、この子供は備えているのだ。
「安心しろ、もうおまえには手を出さん。――喉が渇かないか」
「すっげ渇いた」
 一つ頷くと緒方は踵を返し、リビングと繋がっているキッチンへ向かう。
「オマエが飲めそうなものといえば、オレンジジュースとミネラルウォーターしかないが」
「両方欲しいや」
 こういった場面でのヒカルの遠慮のなさは、アキラには決してないものだった。だが、
その無遠慮さは子供らしくとても好感が持てるものである。ヒカルの希望通りに、緒方は
グラス2つと、冷蔵庫の中から取り出したボトルを持ちリビングへ取って返した。
 ヒカルは緒方がグラスに注ぎ手渡した水を一気に飲み干した。緒方が呆れ顔で2杯目を
満たすと、それも勢いよく傾ける。
 緊張し、そして泣き、身も世もなく喘いだのはほんの1時間ほど前のことだ。
 ヒカルの喉が常になく渇えているのは当たり前のことだった。


(25)

「先生もオレンジジュース飲むの?」
 グラスをテーブルに置いたあと、思い出したようにヒカルが顔を上げた。
「いや…。彼が飲むだろうと思って」
 二人の間に、沈黙が落ちる。今まで喋っていたのはこの沈黙を避けるためだったのかと
思わずにいられないような沈黙だった。
「……彼、ね」
 ヒカルはぼそりと繰り返し、まだ栓を開けられていないトマトジュースにしか見えない
真っ赤な液体の入ったオレンジジュースのボトルを見遣る。
 緒方がこれを買い置いているのはたまたまだったのか、それとも『いつかあるかもしれ
ないアキラの訪問』に備えてだったのか、そう信じたい自分の希望を満たすためだったのか。
 ヒカルには判らないでいる。そして、ヒカルが見ているものを無表情で眺めている緒方も
その真意を解らないでいるに違いなかった。
「緒方先生…アイツは?」
「――シャワーを浴びてる」
「そっか」
 緒方とアキラが今まで寝ていたことは今更疑いようのない事実だった。緒方の少し乱れた
髪や、スラックスの皺や匂いがそう知らしめている。
 アキラを再び捕らえたことを、ヒカルに無言のうちに見せ付けている。
 自分でアキラの手を拒んだはずなのに――ヒカルはそれらを複雑な思いで見ていた。



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