うたかた 21 - 25


(21)
 ここは干拓地っていって、昔は海だった場所なのよ。
 ほら、おばあちゃんの庭の砂には貝が混じっているでしょう。


 のんびりした祖母の声を背中で聞きながら、加賀は貝の混じった砂を手で掘って、ウサギを埋めた。
 黄色いウサギはどんどん見えなくなる。

 もう二度と、動物は飼うまいと思った。



 ────飼うまいと、思ったのにな。

 あれから十年あまりの月日が経った今、やはり自分は仔ウサギを欲していた。
 愛情が足りないと死んでしまう仔ウサギ。

「……ヒカル」

 金色の前髪を優しく撫でて、加賀は何度もヒカルの名を呼んだ。
 一度達したヒカルはぐったりとしている。そのヒカルの横顔を見て、加賀はヒカルの肩を揺すった。

「進藤、」
 ゆっくりと、ヒカルが瞼を開いて加賀を見る。
「瞳を閉じるな。」
 頬を上気させたまま、ヒカルは不思議そうに小さく頷いた。
 それを確認してから、加賀はヒカルの奥まった場所に指を差し入れる。
「ん、イタ…いっ…」
 ヒカルが放ったものを塗り込んではいるが、初めて異物を受け入れるそこは、まだ固く閉ざしたままだった。
 怖々やっても余計痛いだけだ。
 そう判断した加賀は、力を加えて一気に中指を根本まで押し込んだ。

「ああぁっ…!」
 悲鳴のような声が上がる。
(……前立腺ってどこだ?)
 男はそこがイイらしい、というのは知識として知っていた。でも場所まではよくわからない。探るように中で色んな箇所を突いてみる。
「いた…っあ、…痛い‥っ…」
 辛そうに眉根を寄せて、加賀の肩を弱く叩いてくるヒカルの髪の先は、涙ですっかり濡れていた。

「ぁんっ…」
 加賀の指がある一点に触れたとき、さっきまでの苦痛に満ちたものとは明らかに違う甘い声がヒカルの唇から漏れた。発した本人であるヒカルも驚いたのだろう、思わず両手で口を押さえている。
 加賀は自分の中に、新たに情欲が湧き上がるのを感じながら、ヒカルの腕を掴んだ。
「もっと声聞かせろよ…。」
 首を横に振るヒカルの真っ赤な頬に音を立てて口づけて、加賀はもう一度同じ場所を指の腹で擦った。
「やっ…!」
 逃げる腰を押さえ込んで、角度を変え、強弱を変え、執拗に攻め立てる。
「ん、あぁっ!…あ、…っ」
 侵入の痛みで萎えていたヒカル自身が、みるみる元気を取り戻すのを見て、加賀はヒカルの中に指をもう一本忍ばせた。
「ぅあっ!や、だめ……いってぇ…ッ」
「だめったって、せめてこれが全部入んねーと。」
 右手でヒカルの左足を持ち上げて広げると、少し指が奥に進んだ。
「ぜっ…たい‥ムリっ……」
 搾るように出したその声は掠れていた。加賀の背中に回した手に、じっとりと嫌な汗がにじむ。
 ヒカルの言葉を無視して、加賀は片方でヒカルの前を弄り、片方で更なる侵入を試みた。


(22)
「んぅ…っ、‥ア…ぁあッ!」
 しばらくするとヒカルは喘ぎ声を抑えようとしなくなった。時間をかけた愛撫ですっかり思考回路がマヒしてしまったのだろう。
 何度も出し入れしていると、ようやくスムーズに指が動くようになってきた。
 そろそろか、と思ってぬるりと指を抜くと、ヒカルの濡れた瞳が加賀を見上げた。涙の痕が幾筋もついた頬を見ていると、なんだか強姦しているような錯覚に陥る。
「入れるぞ。」
 僅かに緊張と怯えの色を浮かべて頷いたヒカルの唇を軽く吸って、加賀は自分のものを入り口にあてがうと、ゆっくり腰を進めた。
「ひぁっ…!痛‥あ…っ」
 指とは比べものにならない圧迫感と質量感に、ヒカルの息継ぎの速度は更に上がった。熟れた果実のような赤い唇や口内が、すっかり渇いてしまっている。
「進藤…」
 ベッドの軋みと一緒に、ヒカルの高い声が響く。それを聞いただけで自分が更に昂ぶるのがわかった。

 自分が、坂道を転がるように、どんどんヒカルにハマっていっているのは自覚していた。
 でも壊れたブレーキを誰が直してくれるというのだろう。
 だが、直らなくてもいいと思う自分が存在するのもまた事実だった。

 熱くて狭いヒカルの内部を掻き回しながら、加賀はヒカルの手を握りしめた。
 冷たい指先が、なんだか自分を責めているようだった。


(23)


 まだ雨降ってるんだ。


 ────あ、違う…。シャワーの音だ、これ…。

 ヒカルは夢うつつのまま、枕に顔をうずめていた。
 加賀の枕は新素材のパウダービーズが入っていて、すごく気持ちいい。
(底なし沼みたいに、このまま身体全部がこの枕ン中に入っていかねーかなぁ…。)
 再び眠りに落ちようとした瞬間、ケータイの着メロが聞こえてきた。
(あれ…オレのケータイだ…)
 この着メロは囲碁関係の知人だ。ヒカルはよくケータイで話す友人は、すぐわかるように特定の着メロを設定するが、あとは大雑把に分けているだけだった。
(仕事の電話かな…)
 棋院からの緊急連絡だったら無視するわけにはいかない。ベッドから出てケータイを取れ、と頭は信号を出し続けるのに、ついにヒカルの身体は腕を上げることすら出来なかった。

 ヒカルは額を枕にすり寄せて、迫り来る睡魔に身を任せた。


(24)
 ヒカルがもう一度目を覚ましたとき、時計の針は9時を指していた。カーテンの向こうは薄暗く、朝の9時なのか夜の9時なのかよくわからない。
(雨だから暗いだけで、朝だよなぁ…。夜ならもっと真っ暗だもんな。)
 窓に背を向けるように寝返りを打つと、頭痛が治っているのに気が付いた。と、同時に、加賀の後ろ姿が目に入った。
 ジーンズだけ履いて、首にタオルを掛けている。髪から雫がぽたぽたと落ちていた。
「…風呂入ったの?」
 そう言えば、シャワーの音を聞いたような気がする。────よく覚えてないけど。
「目え覚めたのか。お前も体大丈夫なら、シャワー浴びてこい。」
 正面を向いたままビールを煽る加賀に、オヤジみてぇ、と呟くと、加賀は振り向いて口の端を上げた。
「風呂あがりのビールの美味さがわかんねえヒカルくんは、まだまだお子ちゃまだな。」
 見せつけるように缶を傾ける加賀を無視してベッドから起き上がろうとすると、下半身に鋭い痛みが走った。
「……ッ…!!」
 声にならない声を上げてベッドに沈むヒカルに、加賀が驚いて立ち上がる。
「おい、どうした?辛いのか?」
「〜〜〜……腰、と………変な所が痛い…」
「……あ」
 『変な所』がどこか察知した加賀が、少し照れたように口を閉ざした。
「…加賀のせいだかんなっ!」
「………。」
 結局立て続けに3回したせいで、少し眠った今でも疲れが残ったままだ。
「じゃあオレが責任とって、風呂に入れてやろうか?」
「一人で入る!!」
 半ば這うようにして風呂場に向かうヒカルを、危なっかしく思いながら見ていると、ドアの所でヒカルが急に振り返った。
「あ、なあ加賀。」
「なんだ?」
「あのさ…あれ、ほんと?」
「あれって?」
「その…加賀がオレを……す、好きって…」
 俯いて頬を染めるヒカルに、思わず笑みがこぼれる。
「オレがあんな嘘つくと思うか?」
「…ううん。」
「じゃあ本当なんじゃねーの?」
 ヒカルは一瞬瞳を見開いて、すぐにはにかんだような笑顔を見せた。

 ヒカルが脱衣所の扉を閉めて数分経っても、加賀の瞳の奥にはヒカルの笑顔が焼き付いたままだった。
(────花のような笑顔っつーのは、ああいうのを言うんだろうな…。)

 さっきまでヒカルが横たわっていたベッドに身を投げる。

 まだ少し、ぬくもりが残っていた。


(25)
「家まで送る。」
「いいよ、いま小雨だから。」
「腰痛いんだろ。」
「家までそんなに遠くないし、大丈夫だって!」
「熱ぶり返したらどうすんだよ、せっかく平熱になったってのに。」
「加賀の服、でかいから暖かいぜ。」
 雨足が弱まりはじめ、加賀とヒカルは玄関先で10分近く押し問答をしていた。更に口を開こうとする加賀を遮るように、ヒカルが音を立てて傘を開く。
「看病してくれてサンキュな。」
「…おう。」
 道路に出て傘を小さく振るヒカルを見て、心のどこかが疼いた。
「進藤。」
 呼び止めて、抱きしめて、もう一度その体を味わいたい。
「…………また連絡する。」
 けれど、口から出たのはそんな言葉だった。
「うん、待ってる。」
 ヒカルは柔らかく微笑んで、加賀の家をあとにした。加賀は、その小さな後ろ姿がすっかり見えなくなるまで、玄関に立ち続けた。

 ──── 一体いつから、あんな表情をするようになったんだ。
 自分が葉瀬中にいるときのヒカルは、もっと元気で子供っぽくて可愛かった。けれど今は、少し愁いを帯びて、切なげな瞳をするようになって……そしてとても、綺麗になった。
「ヤローのくせに、反則だよなァ…。」
 ヒカルが変わった理由はわからなかったが、ただ一つはっきりわかったのは、ヒカルを変えたのは自分ではない、ということだ。
「────…サイ、か…。」

 暗く厚い雲の奥で、雷が低く響くのが聞こえた。



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