ウツクシキコト 21 - 25


(21)
「小君、おまえも怖ければ無理をせずともよいのだぞ」
コギミは首を横に振った。
「小君は、怖くなどございませぬ。なんども汗をお拭きいたしましたもの、角などございませんでした」
はきはきと答える女の子に、佐為は苦笑を見せた。
「小君は賢いのう。女房たちのように頑迷なのは困り者ではあるが、もう少しやわらこう話すがよいぞ」
佐為がそう言うと、女の子は「あ」って、口元を抑えた。
少ししゅんとなって、「あい」と口に中で答える。
元気のなくなった女の子を慰めるように、佐為は優しく頭を撫でてやる。
俺は、そんな遣り取りを呆然と眺めていた。
「さて、暖かいうちに食すとしよう」
佐為は俺のほうに向き直ると、女の子に見せていた優しい表情で言ってくれた。
その表情に励まされ、俺はようやく口を開くことができた。
「ねえ!?」
俺は聞きたいことで一杯だった。
「鬼の子って俺のこと?」
佐為も女の子も目をまん丸に見開いて、俺を見ていた。
「なんで、俺が鬼の子なんだよ? それに、それに…あの女の人たちはなに? なんのコスプレ? なんであんなお雛様みたいなカッコしてんの? ねえ、今はいつ? ここはどこなんだよ!」
一気に喋った。喋ってるうちに、なんだか興奮しちまって、終わりのほうはスンゴイ早口になっていた。
「そなた……、鬼の子といわれて口惜しいのか?」
悔しいとか悔しくないとかそんなことじゃなくて、訳がわかんなくて、なんか混乱してるっていうか。
でも、喚いているうちに、なんとなく状況は理解してて。
これが夢でないなら、これ……そういうことだよね。
漫画やアニメでよく見たやつ。
タイムスリップ?
俺、トラックに轢かれたショックかなんかで、佐為が生きてた時代にタイムスリップしちゃったってことだよね?
「泣くな」
佐為に言われて、俺はガキンチョみたいにうーうー呻きながら泣いていることに、気がついた。
「私と小君は、そなたを人の子と承知しておるゆえ」
「コギミ?」
俺が女の子を見ると、女の子はこくんと頷いた。
「君がずっと世話してくれたんだ?」
大人の女の人たちは、なにしろ俺を鬼の子だと思って怖がってるらしい。近づきもしなかったんだろう。
「ありがとう」


(22)
俺がお礼を言うと、女の子は嬉しそうに笑った。
その笑顔に、俺は嬉しくなった。だってね、女の子は笑うとね、塔矢に似てたんだ。
髪型だけじゃなくて、笑顔もね、塔矢に似てた。
「そなたが鬼の子でないというなら、小君のためにも、名前を教えてはくれまいか?」
なぜ俺が名前を教えると、コギミのためになるかはわからなかったけど、進藤ヒカルだって教えてやった。

「光?」

佐為が聞き返すから、俺はそうだと頷いてやった。
すると、佐為は女の子と顔を見合わせてから、突然吹き出したんだ。
「小君、聞いたか。我が家にはなんとも麗しい光の君がおいでじゃ」
「はい。は…い、お館様………」
笑いを修めた佐為の説明によると、最近「光」って名前の、絶世の美貌を誇る貴公子を主人公にした物語が流行ってるんだってさ。
ああ、どうせ! 俺は絶世の美貌でもなけりゃ、貴公子ってガラでもないよ。
だからって、そんなに馬鹿笑いしなくてもいいだろ!
でも、そのおかげで、会話は弾んだ。
「それでは、これからそなたのことを"光君"とお呼びしようか?」
「ヒカルでいい」


(23)
和やかな雰囲気の中、俺は出された料理に箸をつけた。
膳には、焼き魚に野菜の煮物にお吸い物、フライドポテトみたいなのもあった。お吸い物には鶏肉みたいのが入ってて、これが一番美味しかった。
全体に薄味だったけど、まずくない。食べられる。
ただ、ご飯がちょっと違う。口にいれたら、モチッていうかネチッとしてて、おこわみたいな感じだった。
あとで聞いたら、蒸してあるんだって。
日本人はずっと米を主食にしてきたって学校で習ったけど、食べ方は時代によっていろいろだったんだろうね。
「シンドウは、どのように書く?」
きれいに箸を使いながら、佐為が尋ねる。
考えてみれば、佐為がモノ食ってんの見るの初めてなんだよね。
俺は、指先で板の間の上にゆっくりと進藤と書いた。書き順が違ってないかとひやひやした。
「進むに藤……で、進藤か。藤の文字を用いるからには、そなたも藤原の一門なのか?」
俺はどうしようかと迷った。
だって、本当のことを言っても、すぐには信じてもらえないよね。っていうか、どう説明したらいいんだろう。
俺は交通事故のショックでタイムスリップしましたって?
交通事故って言葉の説明から始めなきゃいけないよな。
仕方がないんで、嘘をつくことにした。
俺ねえ、誰かさんのおかげで、嘘つくの上手だからさ。


(24)
「俺、凄い田舎で生まれて、よくわからない。藤原とは関係ないと思う」
たしか、藤原一族って大貴族だったよな。
ああ、こんなことなら社会もっとちゃんと勉強しておくんだった。
俺いつも佐為に手伝ってもらってさ……。
「ほう、鄙からまいったか。随分変わった衣服を着ているとは思ったが……。
して、何用があって都に上がってまいった?」
俺はゴクって生唾を飲みこんだ。
「碁…だよ」
佐為の傍においてもらえるかどうかは、これから先の「嘘」次第。
そう思うとどうしても緊張する。
「都には、藤原佐為っていう強い碁打ちがいるって聞いた。どうしても弟子にしてもらいたくって、俺……都にきたんだ」
「弟子?」
「うん」
「ひとりでか?」
「うん」
「私は、神の一手を極めんといまだ修行の身、弟子は取らない心積もり」
佐為はきっぱりと言った。
ここで怯むわけにはいかねえ。
だって、俺ここ追い出されたら、行くとこないし。
それ以前に、やっと佐為に会えたんだ。
そりゃ、俺のことを知る前の……、生きてる佐為だけど、やっぱ少しでも長くそばにいたいよ。
俺はね、時代劇で見たのを参考にして、ばっと板の間に下りて土下座をすると、必死になっていったんだ。
「俺! 流行病で父さんも母さんも死んじゃったんだ。天涯孤独の身の上なんだ。
でも、碁が打ちたくて。どうせどこかの家で働いて生きていくなら、藤原佐為の家って決めてきたんだ。俺と打ってよ。
弟子とらないって、最初から決めないで、俺と打ってから決めてよ」


(25)
俺は、佐為の返事を待った。
呼吸するのも忘れて、返事を待った。
待っている間、じりじりと身の内が焼け焦げていくような気がした。
打ちたい、打ちたい、打ちたい。
佐為と打ちたい。
どうしても打ちたい。
置いてもらえなくてもいい。
一局だけでもいい。
どうしても、佐為ともう一度打ちたい。
かちゃっと食器がなった。
「顔を上げなさい」
佐為がいった。でも、俺は顔を上げられなかった。
打ってくれると約束してくれるまで、顔は上げられないと思った。
「ヒカル、夕餉を終えたら打ちましょう」
俺は恐る恐る顔を上げた。
佐為は微笑んでいた。
昔……、いつも俺の傍らにあった笑顔。
佐為は、この優しいまなざしで、いつも俺を見守っていてくれた。
俺は、懐かしくて、懐かしくて………胸が一杯だった。



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