平安幻想異聞録-異聞- 210 - 214
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涙が出てきた。快楽のためでもなければ、恐怖の為でもない。
悔しさのための涙だった。悔しくて悔しくてしょうがない。そんな風に、
自分の心の中に侵入して佐為のことまで穢されるのはたまらなかった。
佐為のはこんなのじゃない。ヒカルの内壁にピタリと吸い付くように
丁度いい大きさや形は似ていたが、本当の佐為のそれは、熱くて、
ヒカルの中にいるときは普段のかの人の穏やかさからは想像も出来ないほど
猛く脈打って、ヒカルの体も、そして心も一杯にしてしまうのだ。
魔物がヒカルの思考を現実に引き戻すように体をゆする。無慈悲に
律動を始める。
同時に、手で肌をまさぐりつつ、そのヘソの中まで舌を差し込んで
舐めて愛撫する。
彼はもはや、佐為の幻影を見せてヒカルの心に隙を作ろうなどという
周りくどいことはしなくなった。体さえ飛び越して、頭の一番奥の部分に、
直接快楽を流し込んできた。
「あぁぁ、あぁぁっ、あぁぁっ」
魔物に中と外からを責められて、ヒカルが大きな声を上げて身悶える。
その上、魔物はもっとよい声を聞かせろと、その痴態を楽しませろとでも
言うように、ヒカルが達しそうになると、その中の責め手をゆるめて
しまうのだ。そして、しばらくすると再び激しくヒカルのいい場所をこすり、
腰ごと揺すりたてる。
「やだ、…っ、お願い、イカせて、イカせて………っっ、あぁっ」
残酷なまでに上手い手管だった。
人であったら、絶えきれず既にヒカルの中に2度3度と放って
終わってしまっているところであったが、淫の妖しゆえに、
そちらの楽しみ方、人の身の神経の扱いもこの魔物は極めているのか、
ヒカルは快楽の岸辺でいいように玩ばれる。
「あぁぁっ、あぁっ…はぁん……ぁ……ぁああっ、ぁああっ」
憑かれたように途切れなく喘ぎ、啜り泣きつづける
閉じることの出来ないヒカルの口に、人の腕ほどもある太い何かが
押し込まれた。
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「ふぐっっ…うんっ、ん、んぐっ……っ!」
薄く目を開けて見れば、それはさっきまでヒカルの上半身を押しひさいでいた
鬼の陰物だった。鬼がいつのまにか自分の役割を放棄し、裸の下腹部に
張りだした大きなそれをヒカルの口に押し込んだのだ。
鬼が乱暴に抜き差しし始めた。快楽のために思考が朦朧としているヒカルは
それを吐き出すことが出来ず、上の穴と下の穴を同時に責められることに
なってしまった。
ヒカルは、人間の体がおよそ耐えうる快楽の限界の淵にいた。
えんえんと続く悦楽の責め苦には終わりがないように思われた。
土気色の鬼が意地になったように、自らの下肢を捏ね回し、ヒカルの口で
自分の陰物を激しくしごく。
「…んっ、ふぐっん…んんっ…んっ…」
上からも下からも同時に嬲られて、ヒカルが苦しげに眉をよせて涙をこぼす。
「んっ、んっ…、うんんっ…んっっ」
何の予兆もなく鬼の陰物がはじけた。生臭い液体が、ヒカルの口いっぱいに
広がった。
陰物が征服された唇からズルリと引き抜かれる。ヒカルが口に受け止めきれ
なかった白い陰液が、たらたらと口の端からこぼれた。
鬼は終わったが、ヒカルの中に居座る淫の性の男はまだ終わっていない。
「はっ、あぁっん…はっっ……ああっ、はああっ」
鬼の陰液を唇からこぼれさせたまま、ヒカルは大きく喘ぎ、背筋を反らす。
魔性の男は手の中の獲物にとどめを刺そうというのか、奔馬のいきおいに
抽挿を早めた。
痩せて肉の薄くなった尻の肉の外からもその様子がわかるほどに。
腹の深部で魔物のそれが、大きく膨れ上がった。
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それに中をめいっぱい押し広げられたヒカルの、叫ぶようなよがり声が
夜の空気を打った。
そのまま、五回六回と抜き差しされ、内壁を圧され、強く何度もこすられる快感に、
ヒカルは体を痙攣させながら、なまめかしい淫声に喉を震わせた。
…果てる瞬間、ヒカルは闇に向かって手を伸ばしてた。
無意識の中で、ひとつの言葉が、ヒカルの口から漏れていた。
それは、この座間邸に来る事を一人で決めたあの日に、これだけは絶対に
言わないと自分に禁じていた言葉だった。
「……佐為、助けて……」
そしてその日、ついに佐為とアキラは、あの凄惨な陵辱の舞台へとたどり着いた。
そこで二人を出迎えたのは一本の太刀だった。
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佐為がその竹林に足を踏み入れたのは、前日の夕方から探索を始めて、
五番目だったか、六番目だったか。
とにかく、いくつかの竹林をさがしまわった後。東の山々の間から
陽が差し始め、朝もや立ちこめる頃。
他となんら変わりなく、変哲もないたたずまいのそこに佐為とアキラは
分け入った。
朝露に溶けて、遠くなった夏の名残の緑の香りがムッとあたりに
立ちこめている。
微風が、サラサラと竹の葉をゆらし、それがこすれ合う音が、
風雅に竹林全体にひびいていた。
その中にぽっかりと開いた朝日差し込む竹の木のとぎれ。
「アキラ殿。あそこを」
佐為が指し示したそこには。
一本の太刀が、まるで置き忘れられたようにひっそりと落ちていた。
古びた太刀のその鞘には、使い込まれたことを感じさせる無数の
傷が付いていて、それがほとんど真横から差し込む朝の光を反射し、
宝石のようにキラキラと光っている。
佐為はその太刀をとてもよく知っていた。つい、この前まで自分の身の回りで
よく見かけた一振り。
――それは、あの下弦の月の夜、ヒカルがなくした、父の形見の太刀だった。
あの時、ヒカルが探しても見当たらなかった太刀が、今はそこで、二人を
待っていたかのようにポツンと寂しげに横たわっていた。
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「ここを掘りましょう」
佐為が、アキラをせかした。
「ここに違いありません。ヒカルの亡き父君が、この場所を教えるために
この太刀をここに置かれたのだと思いませんか、アキラ殿!」
アキラが黙って道具を取りだし、その場所に降り積もっている竹の
枯葉をかき分け始めた。
彼にならって、佐為もすぐに鋤を取りだし、今はマメだらけ傷だらけに
なっている手で、剥き出しになった地面を掘り起こす。地中には竹の細くて
丈夫な根が、人の血管のように縦横無尽に巡らされていて、作業はなかなか
進まなかったが、半刻ほどそれらと格闘した後。
鋤の先にコツリと固いものが当たった。
だが、今までも幾度か、そうして石に当たった感触を勘違いして掘り起こし、
がっかりもさせられている。
緊張に早鐘を打つ心の臓を押さえながら、佐為とアキラは更にそこを
掘り進めた。
果たして。
二人の目の前に素焼きの壺が姿を表した。
大きさは人の頭二つ分はあるだろうか。
その蓋には、封印の印が書き込まれていた。
「佐為殿、離れていて下さい」
アキラの言葉に、佐為は二歩ほどそこから後ずさる。
短い呪文のようなものを唱えて印を切った後、アキラはその蓋を開け放った。
顔を背けたくなるような異様な腐臭があたりに広がった。
アキラはそのまま壺を逆さにして、中に入っているものを振り落とす。
ボトボトとその口から落ちてきたのは、干からびたり、腐ったり、食い千切られ
たりした、蛇やヤスデ、カエルの死体、そして腐って半分ドロドロになった
人間の摩羅。数は四本。
佐為もアキラも知るよしもなかったが、それは、あの下弦の月の夜、ヒカルを
陵辱した後、口封じのために殺された夜盗装束の男達のものであった。
そして、最後に、壺の奥から齢二十年は数えようかという大ムカデが
飛びだした。
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