平安幻想異聞録-異聞- 213
(213)
佐為がその竹林に足を踏み入れたのは、前日の夕方から探索を始めて、
五番目だったか、六番目だったか。
とにかく、いくつかの竹林をさがしまわった後。東の山々の間から
陽が差し始め、朝もや立ちこめる頃。
他となんら変わりなく、変哲もないたたずまいのそこに佐為とアキラは
分け入った。
朝露に溶けて、遠くなった夏の名残の緑の香りがムッとあたりに
立ちこめている。
微風が、サラサラと竹の葉をゆらし、それがこすれ合う音が、
風雅に竹林全体にひびいていた。
その中にぽっかりと開いた朝日差し込む竹の木のとぎれ。
「アキラ殿。あそこを」
佐為が指し示したそこには。
一本の太刀が、まるで置き忘れられたようにひっそりと落ちていた。
古びた太刀のその鞘には、使い込まれたことを感じさせる無数の
傷が付いていて、それがほとんど真横から差し込む朝の光を反射し、
宝石のようにキラキラと光っている。
佐為はその太刀をとてもよく知っていた。つい、この前まで自分の身の回りで
よく見かけた一振り。
――それは、あの下弦の月の夜、ヒカルがなくした、父の形見の太刀だった。
あの時、ヒカルが探しても見当たらなかった太刀が、今はそこで、二人を
待っていたかのようにポツンと寂しげに横たわっていた。
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