クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 22
(22)
もう、どれくらいこうしているのだろう。
意識を回復しても起き上がる気になれなくて、明はただ死んだようにじっと横たわり
身体を休めていた。
今のうちに少しでも食事を摂っておかなければ――
近衛にも云われたし、と考えてから、だがその近衛はもう自分に会いに来てくれるか
わからないのだ、と思い至る。
ならばいっそこのまま死んでしまってもよいのかもしれない。
食べて命を保っても、このままおぞましい妖しに精を与えて養ってやるだけの
生ならば、乳を搾られる牛と変わりがないではないか。
牛はいい、牛は牛として生まれた務めを果たしているだけだ。
己は牛ではない。陰陽の術で都を護る務めの賀茂家に生まれた身であるのに――
そう考えると妖しに敵わない己がふがいなくて悔しくて、涙が込み上げてくる。
――今頃、近衛はどうしているのだろう。
彼に一目会って、あの明るい声で「きっと何とかなるさ!大丈夫!」とでも云って
もらえたなら、暗く濁ったこの魂にも新しい光が灯りそうな気がするのに。
涙が頬を伝って床を濡らしていくのを感じながら、疲れ切った明は一時の眠りに落ちた。
眠りの中の――これは夢だろうか。
いつものように光がうるさいくらいに門を叩く音が聞こえる。
門には中から錠がかかっているはずなのに、それが外れた音がする。
鳥が高く鳴いて騒ぐ声が聞こえる。
聞き慣れた足音が庭をずんずん進んできて、床を踏み鳴らす音が聞こえて、
そして――
「賀茂!」
薄目を開いて見たそこに、朝方の眩しい青空をしょって、
懐かしい光が立っていた。
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