平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 22


(22)
立ち上がろうとして、少しよろけたヒカルの腰を佐為が支えた。ヒカルがその
佐為の袖を掴んで引っ張る。
情事の名残りで体が辛いはずなのに、先頭にたって鳥の声を追いかけていくのは
ヒカルの方だ。佐為は渓流の方へと、引き離されないようにしながら草むらを
かき分け、必死にヒカルの背中を追いかけなければならなかった。
渓流に出ると、今度は鳴き声の主は、流れの上流へ上流へと移動していく。
「行くぞ、佐為!」
ヒカルは石を乗り越え、張りだした木の根を踏み越え、どんどん流れに沿って
登っていく。ヒカルの背を追ううちに、佐為もいつのまにか、姿を見せない鳥を
追うことに夢中になっていた。
「ほらほらヒカル! 左の方へ行きましたよ」
二人で、子供に返ったみたいに鳥の声に聞き耳を立て追いかけた。もし他に
見るものがいたら、この二人は転がるように杉の木立の間を駆けていく二匹の
子犬のように見えただろう。鳥の声が渓流の側を離れたので、二人も川の横の
ぬかるんだ斜面をその方向によじ登った。
「あっっ」
「佐為!」
足を滑らせた佐為に、ヒカルが慌てて手を延ばす。それでも、じめじめとした
泥に足を取られて、ちょっとした崖のようになったそこを滑り落ちそうになって
いく佐為を、ヒカルはもう片手を近くの木につかまらせて、必死で上に引き上げた。
やっとの事で佐為を助けおこしてから、ヒカルが文句を言った。
「もーう、あいつが逃げちゃったじゃん!」
「すいません……」
「おまえ、本当、運動はからっきしダメだもんなぁ」
夜の運動の方はあんなに上手いのに、と際どい言葉をさらりと吐いて笑う。
着物が泥だらけになっていたので、とりあえずそれを洗って帰ることにした。
少し下流にあった淵に行こうという話になって、二人とも歩き始める。
「それにしても、ヒカルはよく平気でしたねぇ」
「何が?」
「いえ、体が辛いのじゃないのかと思っていたので」
その佐為の言葉の効果はてきめんだった。ヒカルが重い顔をして立ち止まった。
「忘れてた」



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