身代わり 22


(22)
入院後、行洋と面会した緒方は愕然とした。
なぜなら塔矢行洋独特の、覇気とも言える雰囲気がなくなっていたからだ。
緒方はそれにひどく慌てた。こんな師匠は見ていたくなかった。
元気にする一番の薬は、やはり碁であろう。
しかし緒方が付きっきりで打つということなどできない。何よりも身体への負担が大きい。
そこでインターネット囲碁を思いついたのだ。これなら無理せずできる。
しかし緒方は少なからずがっかりした。行洋があまり興味を示さなかったからだ。
「……やはり碁は碁盤で打つものだな……」
そうつぶやいた声には、力が無かった。
囲碁界の覇者には見えなかった。
「アキラさん、ほら見てごらんなさい。すごいわね、これで囲碁ができるのですって。世の
なか便利になったわねぇ。どうするのです、緒方さん」
母が無邪気にはしゃいで緒方の説明を聞いている。
アキラはパソコンに近づいて、その画面をのぞきこんだ。
「ネット碁……」
その単語はアキラに否応なく一つの名前を思い出させる。
(……sai……)
自分との対局を最後に姿を消した、インターネットのなかの覇者。
みながその正体を知りたがった。だが結局は闇のなかのままだ。
しかしアキラだけは、ある人物を思い浮かべていた。
もう考えたくないのに。
アキラが物思いに沈んでいくのを緒方は横目で見ていた。
なにを考えているかは聞かずともわかる。自分だって同じだからだ。



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