トーヤアキラの一日 22 - 23


(22)
家に帰ると、アキラの後悔は膨らむばかりだった。
なぜいきなり告白してしまったのだろう。自分はどんな返事を期待していたのだろう。
なぜ時間をかけて想いを伝える方法を考えなかったのだろう。せっかくヒカルが「時々
碁の話がしたい」と言ってくれたのに、なぜ自分でその機会を壊す事をしてしまったの
だろう。軽蔑されて一緒に碁を打つことすら出来なくなるかもしれない。
一度落ち込むと、限りなく負の思考に陥って行く。ただ、ヒカルの事を好きだ、と言う
気持ちだけは、さらに強くなるのを感じていた。

二日、三日、そして一週間経ってもヒカルからの連絡は無かった。
じっくりヒカルの返事を待つつもりのアキラだったが、不安は日毎に増していく。
その不安な気持ちをエネルギーに変えて、アキラは碁に打ち込んでいた。頭の中は碁の
事で一杯であり、またヒカルの事でも一杯だった。碁に集中している時は一切の雑念を
排除して集中していたし、ヒカルの事を想う時は、他の事は全く考えられなかった。

告白して二週間が過ぎた頃に、棋院でヒカルとすれ違って声もかけられなかった時から、
更に一週間以上が経過したが、ヒカルからの連絡は全く無かった。
アキラは絶望の淵に居た。これと似たような気持ちをかつて感じた事があるような気がした。
───そうだ、進藤との二回目の対局の後だ。
完膚なきまでに叩きのめされて、完全に自信を無くして絶望の底に居た。だが、あの時は
恐れを勇気に代えてヒカルと立ち向かう事に決めたのだ。
───このままでは一歩も前に進めない。とにかく勇気を持って進藤に会おう。
アキラは、ヒカルに会って自分の想いをもう一度強く伝えることに決めた。その上で受け
入れてもらえないなら、諦める代わりに今までのように普通に碁の話をしてくれるように
頼む事にした。


(23)
北斗杯代表選抜東京予選は10時から開始の予定だ。対局時間と検討時間を考慮に入れて、
ヒカルが出て来そうな時間に棋院の前で待つつもりで早目に出かけた。
棋院の前に着いて暫し佇んでいると、次々に知っている人に声をかけられる。
「塔矢君、何をしてるの?」
「あ、いえ、ちょっと」
こんなやり取りを数回繰り返した所で、棋院の前で待つことはやめた。そもそもヒカルは
仲間と一緒に出てくる可能性が高く、棋院の前では声をかけられない事もあるからだ。
そこで、アキラは地下鉄の入り口で待つことにした。ヒカルが家に帰る時には必ずここを
通るはずである。夕方まで待って来なければ諦めるつもりで、アキラは地下鉄の入り口
手前のビルの路地で待つことにした。

天気は良かったが、2月の屋外は底冷えがした。コートの上にマフラーを巻いて来たが、
手袋は持って来なかったので手がかじかむ。コートのポケットに手を入れ、肩をすぼめて
通行人に目を凝らす。30分、1時間が経つと、足の先の感覚が無くなって来た。
───早く進藤の顔が見たい。・・・・・・・進藤に触れてみたい・・・・・・・
ヒカルに会う事に不安はあったが、どんな形にせよ会える事に対する喜びの方が勝って
いるのも確かだった。体中が冷え切っているのに、心はヒカルに対する想いで激しく燃焼
していた。
更に一時間が経過した。もう来ないかも知れない、と諦めかけた時、ヒカルがこちらに
向かって歩いて来るのが見えた。待ち焦がれた懐かしい姿に、思わず顔がほころんだが、
次の瞬間アキラを不安が襲った。それは、ヒカルが下を向いて元気なく歩いて来るからだった。
───まさか、今日の対局で負けたのか!?
そう思うと、今日の目的も忘れて、勢い良くヒカルの前に飛び出していた。
「進藤!!」



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