金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 22 - 23


(22)
 ヒカルは、尚もアキラを責める。
「オマエがオレを連れてきたくせに……」
その言葉に、また混乱しそうになった。自分がヒカルを何処に連れて行ったというのだ?
ここのことを言っているのだろうか?
「自分の想像と違ったからって…ほっぽり出して…知らん顔して…」
ヒカルは手の甲で目を何度も目を擦りながら、しゃくり上げた。
「オマエがこっちの世界に連れてきたくせに…!」
 そこまで言われて、漸く気が付いた。ヒカルが言っているのは囲碁のことだということに………
―――――確かに、返す言葉もない………
だが、あの時は期待していた分ショックも大きかった。彼の言うところの“ほっぽり出した”
時でさえ、本当のところ気になって気になって仕方がなかった。
―――――要するに、ボクは素直じゃないんだ………
ことヒカルに対しては余計にそうなってしまう。そのくせ、他人に彼をバカにされるのは
ガマンならない。
 ヒカルに関しては、全て自分に優先権があると勝手に思いこんでいる節がある。自分でも
いけないことだとわかってはいるのだけど………
―――――彼を貶しても良いのはボクだけだ……それから、彼の良いところも理解しているのも
ボクだけだ………他の人の目に触れさせたくないんだ………
 ヒカルは俯いて泣きじゃくっている。ヒカルの言葉は、本心からか酔っているためかは
判断つきかねた。
 
『……………あれ…?前にもなんかこんなことがあったような気がする………』
ヒラヒラしたスカート。右へ左へヒラヒラヒラヒラ。軽やかに…泳ぐように…ふわふわ…
ヒラヒラ……ベンチに広がるヒカルのスカート。色が赤なら、まるでガーベラの花のようだ。
………花?…ヒラヒラと水の中を漂う小さな赤い花…それから、大きな目…悲しそうな…
 そして、アッと小さく叫んだ。
―――――思い出した……!
アキラはヒカルの姿に重ねていたものを漸く思い出した。


(23)
 小学校に上がってすぐのことだったと思う。アキラは、母に連れられて近所の大型スーパーに
買い物に行った。それは毎日の日課で、母が買い物している間アキラは中にあるペットショップで
時間を潰し、帰りには二人でアイスクリームを食べて帰るのだ。
 母は動物が大好きで、ガラスケースの向こうで戯れる犬や猫を見ては、いつも溜息を吐いていた。
「どうしてうちでも飼わないの?」
「うちはお客様が多いでしょう。きっと、その子達の世話まで手が回らないと思うの…」
頬に手を当て、また溜息を吐く。それさえもすでに日課になっていた。

 アキラは一人でペットショップの中を見て回る。入ってすぐの壁際にガラスで仕切られた
部屋があって、その中を子犬や子猫が走り回っている。店の少し奥には、小鳥やウサギの
小動物が、その更に奥はサカナのフロアになっていた。目を輝かせて、通路を早足で抜けていく。
 あっちもこっちも可愛くて、目移りしてしまう。
「かわいいなぁ…」
伸び上がったりしゃがんだり、アキラは夢中になって動物たちを覗き込んだ。
「…どうしてもダメなのかな…」
もしも母が許してくれたら、自分は一生懸命世話をする。
 ふーとアキラは溜息を吐いた。その姿は母親にそっくりで、なんだかとても微笑ましい。
すっかり顔馴染みになってしまったショップの店員達がクスクスと笑っている。アキラは
それに気付かずに呟いた。
「でもやっぱりダメだよね。」
アキラはまだ小さくて、自分の世話だけで手一杯だし、母は父と自分と多くの門下生の世話で
てんてこ舞いだ。
 アキラはまた小さく一つ溜息を吐いた。



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