失着点・龍界編 22 - 23


(22)
一方、アキラはヒカルの事を気にしつつ自宅で詰碁集のページを繰っていた。頭に入らず、本を閉じる。
その時携帯が鳴って、開いてみると、ヒカルの名とアドレスでメールが
入っていた。
『この人のお知り合いですか?この人の携帯を預けておきます。場所は―、』
それは新宿区内の住所のあるビルの名前と、囲碁サロン「龍山」という
名があった。
「…進藤、携帯をなくしたって言ってたな…。拾った人が戻そうとして
くれているのかな…」
アキラは怪訝そうにそのメールを見る。


翌日の午後、緒方はヒカルに教えられたビルに入って行った。そこには
囲碁サロン「龍山」があり、その名は囲碁の仲間内でも耳にした事があった。
それに関する話は確かあまり耳障りの良いものではなかったはずだ。
ロビーの造りからして普通の囲碁サロンとは異質な雰囲気を持っている。
カウンター内には酒の瓶が列び、照明を落とした怪し気な場所だ。
ヒカルの言う同い年の三谷というお友達が気楽に入れる所とは到底思えな
かったがビル内に他は事務所や閉まった店しかなかった。
カウンターの若い男はそうでも無かったが年輩の客の一人が目ざとく
緒方を見て声を上げた。
「緒方十段だ…!」
雰囲気はどうでも、そういうところは普通の囲碁サロンの客と何ら
変わりは無い。


(23)
奥から席亭らしき男が慌てて駆け寄って来た。初老の背の小さな男だ。
「本当に緒方十段がこんなところに…、どういう気分転換で?」
「碁を打ちに来ただけだが。どなたか相手になってもらえるのかな?」
客達は顔を見合わせるが遠慮して声を上げない。気の荒らそうな
人相の悪い連中ばかりだったが、囲碁となると緒方に敬意を払って
いる表情が見て取れる。
緒方の持つ、その道のプロとしての威厳に圧倒されているのだ。
「僭越ながら、自分がお相手させてもらいますわ。」
サングラスを胸ポケットに引っ掛けた背の高い男が立ち上がった。
「棋力はどのくらいかな?」
「そういうのはあまり分かりませんが、この辺の連中には教えて
ますよ。とりあえず、4子置きで、お願いします。」
渡された名刺でその男の名前が沢淵とだけは分かった。
打ち始めて直ぐに、緒方は沢淵がなかなかの打ち手だと感じ始めた。
石の運びや仕掛け方にプロに近い淀み無さがあり、緒方を全く恐れる様子が
ない。むしろ不適な笑みさえ浮かべている。
緒方はタバコを銜えて火を点け、盤上に向き直る。
真剣になった様子の緒方に対し沢淵は打っている間終始御機嫌で嬉しそうに
石を運び、緒方の一手一手を見つめる。緒方の表情を見つめる。
年齢的に緒方よりひと回り上という風体のその
男に食い入るように見入られ緒方はあまり良い気はしなかった。
首筋に虫が這うような感覚だった。



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