光彩 22 - 24


(22)
ヒカルがアキラに会いに来ている。
部屋の外から、伯母がそう告げた。

彼女が塔矢家を訪れたとき、無人のはずの家の中にアキラがいた。
アキラの様子が変だった。
いつもの彼らしくなく、話しかけても生返事しか返ってこない。
それを深く追求するのも憚られる。
アキラはプロ棋士だ。
自分にはわからない悩みがあるのだろう。
しかし、いつから帰っていたのか、食事をとった形跡もない。
アキラの表情は暗く、顔色も悪かった。
彼女はアキラを一人にしておくのは不安だった。

「いないと言ってください。いつ帰るかもわからないと・・・」
伯母は何か言いたそうだったが、ため息をついて階下へ降りていった。
窓からそっと覗いた。
伯母がアキラの言葉をヒカルへ告げているところだった。

「進藤・・・。」
ずいぶんあっていなかったような気がする。
実際には、たったの一週間だ。
アパートは碁会所から近い。
ヒカルに偶然あうのが怖かった。だけど、あいたくて仕方がない。
アキラは緒方の所から、直接自宅へと戻ってきた。

大好きなヒカルの笑顔。
あいたくてたまらなかったヒカルがすぐ側にいる。
涙がでそうだった。
大声でヒカルを引き留めたかった。
階段を駆け下りて、ヒカルを抱きしめて・・・。
・・・できなかった。

ヒカルが、突然、アキラの方を見た。
視線がぶつかる前に、あわててカーテンを引いた。
ヒカルのまっすぐな視線を見つめ返す勇気はなかった。


(23)
道行く人が心配そうに振り返る。
知らないうちに涙を流していたらしい。
袖口でぐいっと涙を拭った。
しかし、涙は後から後からあふれ出てくる。

こんなに泣いたのは、佐為を失って以来だ。
あのときは佐為を探し回っていた。必死だった。
それでも、見つからなくて・・・。
そして、佐為に別れを告げた。
でも、アキラはいるのに。すぐ側にいるのに。
ヒカルを拒絶している。
涙が止まらなくなった。

佐為が恋しかった。
佐為の優しい声が聞きたい。
―大丈夫ですよ ヒカル―
そう言って、慰めて欲しかった。

どこをどう歩いたのかは覚えていない。
無意識のうちに緒方のマンションの前まで来ていた。


(24)
緒方はすぐにヒカルを招き入れた。
インターフォン越しに聞いたヒカルの声は、泣いているようだった。

棋譜の整理のために立ち上げていたパソコンの電源を落とした。
「勉強中だったの? ゴメン オレ邪魔しちゃった?」
手の甲でごしごし目をこすりながらヒカルが尋ねた。
目が赤い。顔が涙で汚れていた。
緒方は黙って首を振った。

ヒカルは俯いて話し始めた。
「緒方先生・・・。この前相談したよね。
あれねぇ・・・あれ塔矢のことなんだ。」
緒方は、それを知っていたことをヒカルに言わなかった。
ヒカルはそのまま続けた。
「オレ・・・馬鹿だから・・・先生の言ってる意味わかんなくて。」
ヒカルが緒方の方を見た。
まつげに涙がたまっている。
「塔矢に会えなくなってから。やっと・・・気がついて・・・。」
ヒカルはしゃべるのをやめた。
涙をこらえようとしているようだ。
涙がこぼれないように、瞬きを我慢している。

緒方は胸が痛んだ。
稚い少年が泣いている。
その原因は自分にあるのだ。

アキラを感情のない人形のように弄んだ。
ヒカルをアキラのように扱うとほのめかし、
アキラの顔色が変わるのを楽しんだ。
暴れるアキラを押さえつけ、彼の不誠実さを責めた。
お前は汚い奴だ!淫売!
その汚れた体で、ヒカルの横に平気な顔して立てるのか?
言葉でなぶり、侮辱した。

その翌日、書留で合い鍵が送り返されてきた。
緒方はその鍵を机の引き出しにしまった。

後日、研究会でアキラにあった。
その時、アキラは表面上は礼儀正しく接したが、
瞳に浮かぶ侮蔑と嫌悪の色を隠そうとしなかった。
胸の奥がちりちりした。



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