落日 22 - 24


(22)
半ばまだ眠りの中にいるようなぼんやりとした意識の中に届いた言葉が、混乱を呼んだ。
「守る」?
誰が、誰を、守るのだ?
よく似た言葉を前に聞いた事がある。
「俺がおまえの事は守ってやるから、ずっと一緒にいてやるからさ。」
そう言ったのは誰だった?
「だから誰かに苛められたら真っ先に俺に会いに来いよ。」
誰に向かって言った言葉だった?
そして自分は、今ここにいる自分は、一体何物だ?

「誰にも、おまえを傷つけさせたりしない。おまえを守れるのは俺だ。」
次いで聞こえた言葉に頭を振る。
なんだ、それは。
そんなもの、要らない。
守ってなんか欲しくない。
守りたかったのは自分だ。自分の方だ。
彼を守れなかった自分を、誰がどうやって守るって?
そんなものは要らない。庇護など必要ない。
傷つく事など恐れていない。傷が癒える事など望まない。

守ってやれなかった、大事なひと。
守るどころか、彼がどのような目にあって、どのような思いで自分を訪ねてきてくれたのか、気付き
もしなかった。
あの時俺は嬉しかった。幸せだった。
佐為が俺に会いに来てくれて、俺を頼ってくれて。そして優しくしてくれて。初めて俺を抱きしめて
くれて、俺を愛してくれて。
俺は幸せだった。
同じ時に佐為が、どんな思いをしていたかも知らずに。


(23)
辛そうな目をしていた。
どうしてそんな顔をするのだろうと思っていた。
内裏で何か嫌な事があったのか。貴族どもの妬み嫉みから嫌がらせでも受けたのか。
そんな風に軽く考えていた。
「苛められたら俺の所に来いよ。慰めてやるから。泣きたかったら頭撫でてやるから。」
そんな事を言った。
でもそんな簡単な事じゃなかったんだ。
俺は何も知らなかった。
政治というものがどんなものなのか。
雅できらびやかに見えた宮中にどんな闇が渦巻いていたのか。
妬みと欲が、羨望と憎悪が入り混じった時、ひとはどれ程まで醜く汚くなれるものなのか。


どうして、どうしてだ、佐為。
なぜ一言、言ってくれなかった。
なぜ、俺には何も言わずに、俺を置いてひとり逝ってしまったんだ。
そんなに俺は頼りにならなかったのか。
俺は何も知らなくて、俺は馬鹿で無力な子供だった。何の力も持ってなかった。
だから佐為は何も言わなかった。何も言わずにひとりでいってしまった。

知っていたらどうしたろう。
わかっていたら引き止められただろうか。
あの時俺がちゃんとわかっていたら。
そうしたら何かできただろうか。何か言えただろうか。
どうしてももう都にはいられないと言うのなら、それなら二人でどこかに行こう。
そんな風に言えただろうか。


(24)
一緒に逃げよう。
都なんて、貴族なんて、どうでもいいじゃないか。
おまえには碁があればいいし、俺にはおまえがいればいい。
おまえは碁を打つ以外は何にもできない奴だけど、俺が魚をとったり、畑を耕したりするから、それ
で何とかなるだろう。俺の碁の腕じゃおまえには物足りないかもしれないけど。
そうだ。あいつがいいって言えば、賀茂も一緒に連れてこう。そうしたらおまえはアイツと打ってられ
るし、それに賀茂がいたら怖いのものなんてないさ。盗賊やひとを襲う獣は俺の剣でぶった切って
やればいいし、妖怪や鬼が出たら、賀茂が祓ってくれる。

おまえがつまんないズルをしたなんて言う奴なんか、どうでもいいじゃないか。そんな奴は放って
おけばいい。おまえはそんな事する奴じゃないって、俺は知ってるから。だから、おまえを責める奴
らなんて、おまえをわかってない帝なんて、都なんて、こっちから捨ててやれ。
捨ててしまえ。そして一緒に都を出よう。
俺とおまえと二人なら大丈夫だ。
二人じゃ心細かったら賀茂も誘ってみよう。



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