日記 220 - 222
(220)
「あ………ぅ……」
アキラは、忙しなくヒカルの肌をまさぐっていた。
ヒカルが小さく呻く。少し苦しげなその声に、慌てて手を引っ込めた。
「………ゴメン…」
ヒカルは黙って首を振った。そして、続きを促すようにアキラの首を抱く腕に力を込めた。
さっきから、同じコトの繰り返し。アキラは、ヒカルを可能な限り優しく扱いたかった。
それなのに、この身体はそんな気持ちを置き去りにして、どんどん先へと突っ走る。
―――――いい加減にしろ!進藤を手荒に扱うな…!
いくら叱責しても、言うことを聞かない自分の堪え性のなさに腹が立つ。
頭ではわかっているのだ。だけど、ヒカルの声が…肌の滑らかさが…熱い身体が…アキラから
理性を奪うのだ。
腕の中の存在に、自分がどれほど飢えていたか改めて思い知った。
「………トウヤ……」
ヒカルが甘く掠れた声で囁く。一瞬で、全身が沸騰した。
外見的には以前のヒカルとまったく変わらない。酷く痩せてしまってはいるが、それ以外は、
柔らかな髪もすべらかな頬も大きな瞳もアキラのよく知っているヒカルだ。
だが、時折垣間見える凄まじいほどの艶はどうだ?アキラを見つめる瞳にほんの一瞬浮かぶ
甘い媚……眩暈がするほど艶めかしい。
(221)
オレは悪くないよね―――――――――?
アキラの心を見透かすように、ヒカルが訊ねる。いや、問いかけではない確認だ。心細げに
唇を戦慄かせ、消えそうなほど細い声で何度も何度も繰り返す。
悪くないよ――――――――
戸惑いながらも、そう答えるしかなかった。
「ホントに?」
「本当だよ………キミは悪くない…」
「………本気にとるぞ?」
「いいよ…本当のことだもの…進藤は悪くない…」
ヒカルは悪くない。彼の仕草に冷静さを簡単に失ってしまう自分の方が悪いのだ。目の前にいるのは
アキラの大好きだったヒカルではない。明るくて無邪気なヒカルは、今は息を潜めて隠れている。
それなのにどうしようもなく、心がざわめく。
「キミは悪くないよ……」
「ウン……」
アキラはヒカルが泣き出すのかと思った。だが、彼は泣かなかった。代わりに、アキラの顔を
両手で包み自分の方へ引き寄せた。
―――――大好きだよ……
オマエの好きにしていいよ………
ヒカルは、小鳥の羽よりも軽い吐息のような声で囁いた。
胸が締め付けられるような愛しさで胸が詰まった。
(222)
ヒカルが呻くたびにアキラは手を止めて、心配そうに顔を覗き込む。それがうれしい。
アキラは自分よりも、ヒカルのことを優先してくれる。もし、今ここでヒカルが嫌がれば、
彼は身を退いてくれるだろう。
優しげな外見に似合わず、気性の激しいことはよく知っているが、けっして自分の感情を
押しつけたりはしない。こうしてふれ合っている間も、どれ程の忍耐を彼に強いているのか
考えただけで切なくなる。アキラは、これ以上ないくらいそっと触れてくるのだ。
ヒカルはアキラを避けていた。自分への嫌悪感。そして――――――
―――――どうして……オレ…コイツを怖いだなんて思っていたんだろう………
ヒカルは、アキラを黙って見つめた。彼の水のように静かな顔を見ていたかった。言葉を発して、
その静寂を壊したくはなかった。
一瞬、相手の瞳に動揺が浮かんだ。ヒカルの中で、不安がシミのように広がっていく。
どうしても、訊かずにはいられない。
「オレは悪くないよね?」
アキラは、ヒカルの欲しい答えをくれた。
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