平安幻想異聞録-異聞- 221 - 222


(221)
その胴回りは人の太ももほどもあるだろうか?
それはあの肉の蛇が、座間の中に巣ぐう闇を吸い上げ、菅原の中の闇を
吸い上げ、そして、ヒカル自身の心の闇も吸い上げて、肥え太り、
成長した姿だった。
ヒカルは太刀を手に身構えた。
戦えるだろうか自分に? このところ十日以上、剣の鍛練はさぼっている。
その上、疲れきり、熱を持って感覚のおぼつかないこの体は、思った通りに
動いてくれるかどうか。
思いが巡る間もなく、それが天井からドサリと身を落としざま、
閃光のごとき動きで飛びかかってきた。
考えるより先に足が踏みだした。
風にひしいだ竹のように、しなやかな一閃。
両断されて、肉蛇の頭がゴロリと床に落ちた。
それはすぐにチリチリと干からびて、カサカサとした蝉の抜け殻の
ような空虚なものになる。
続いてもう一匹。真っ赤な口を大きく開け、天井から襲いかかってきた。
ヒカルはその異形の蛇の動線を読んで、その線上に太刀を水平に構える。
見事にその待ちかまえる刃の真正面に飛び込んだ蛇が上下に真っ二つに
引き裂かれ、それは一匹目と同じように、たちまち乾いて薄っぺらいものに
なった。
小さい頃から剣術を体に叩き込んでくれた祖父に、ヒカルは今こそ心の中で
感謝した。しばらくまともに剣をとっていないようなこの状況でも、体が
反射的に事態を判断して動く。
天井を振り仰ぐ。
壊れた天板の隙間にまだ幾匹ものそれが顔を除かせて、舌なめづりするように
ヒカルを見ていた。
ゴソリと床下でも気配が動いた。
まずい。どこから襲い掛かられるか分からない室内よりも、見通しのいい
庭に出たほうが分がいいかもしれない。
そう判断して、ヒカルが動こうとした矢先、ズシリと空気が重く肩に
のしかかった。


(222)
あの賀茂アキラの家で蛇達と睨みあった時と同じだ。やつらは自分を
金縛りにかけようとしているのだ。
恐る恐る腕を上げる。動く。
安心したヒカルは自分の手にある調伏刀の刃の根元に、赤い顔料で何か
文字か文様のようなものが書かれているのに気付いた。半年前、京の妖し退治
の折りにはなかったものだ。そして、すぐにヒカルは理解した。
おそらくこの事態を見越して、賀茂アキラがあらかじめ金縛り封じの印を
書いておいてくれたのだ。
(助かったぜ、賀茂!)
そのまま庭へ走り出ようとしたヒカルの目の前を人影が塞いだ。
廊下に逃げ遅れた女童と、その母親であろうヒカルが顔を知らない
侍女が一人。目の当たりにした異形の蛇の姿に身がすくんでしまって
いるのだ。その異形に破壊された天井が崩れ、柱が一本、軋む音を立てながら
その二人の上に倒れ掛かろうとしてた。
ヒカルは咄嗟に、腰に太刀の鞘を結びつけていた紐をほどき、その鞘を倒れて
くる柱のつっかえ棒にした。
ミシリと鞘の石突きの部分が廊下の床に僅かにめり込み、柱が倒れるのを
止めた。
「逃げて!早く!」
ヒカルの言葉に我に返った母子は門の方へと駆け出した。
続こうとしたヒカルの目の前の床板がたわんで破れ、そこから異形の
蛇が顔を出す。



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