平安幻想異聞録-異聞- 223
(223)
シュルシュルと壊れた床板の隙間から身を滑り出させ、大口を開けて
ヒカルに飛びかかってきた。素早い動作でヒカルは柱のつっかえ棒にしていた
調伏刀の鞘を取り戻し、それで喉を守る。肉蛇はガチリと音をさせてその鞘に
噛みついた。その鞘をしっかり銜えたままの蛇の上に支えを失った柱と屋根が
音を立てて崩れ落ちた。
さて、当面の危急は逃れたが、崩れ落ちた柱と天井の板が積もってヒカルは
庭への退路を断たれた。
ヒカルは金茶の前髪を揺らして後ろを振り返った。太刀を正眼に構える。
ざっと目で数えただけでも十匹以上の大蛇が、追いつめた獲物を前に鎌首を
もたげている。
これは持久戦だ。
この調伏刀をもってすれば、一匹一匹を倒すのはさほど難しい事ではない。
だが例えて言うなら、大木の幹とも言うべき本体はどこかにあって、この
蛇達はその枝葉に過ぎないのだ。
その大元の命脈を断たない限り、斬り伏せなくてはいけない肉蛇の数には
際限がない。本来の体調であったら、戦ってゆうに一刻、頑張れば一刻半は
持つかもしれない。だが、萎えた下肢と、熱に侵された体ではいったい
どれほど持ちこたえられるのか。
せいぜいが半刻。
ヒカルの心に焦りが生まれたその時。
背にした退路を遮る瓦礫を飛び越えて、庭から二頭の白馬が乱入してきた。
ヒカルをかばうように、異形の大蛇たちとの間に立ちはだかったその馬の背に
跨がっていたのは、藤原佐為と賀茂アキラであった。
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