日記 223 - 225


(223)
 「好きにしていいよ………」
「そんな風に言われたら、本当に止められないよ………」
うん―と、ヒカルは頷く。
「優しくしたいんだ………」
わかっているよ――いいよ…大丈夫…泣いたりしない。
「………でも…キミが欲しくて堪らない……」
「オレも……」
ヒカルが目を閉じると、瞼にそっと唇が触れた。


 「ん……アァ…!」
乳首を軽く噛まれて、ヒカルは喘いだ。熱い息が、肌を滑っていく。久しぶりに感じるアキラの
肌は相変わらず滑らかで気持ちがいい。しっとりと汗に濡れた感触でさえ、心地よかった。
「進藤、進藤………」
譫言のように名を呼び続けるアキラに、胸の上にさらさらと零れる髪を撫でることで応えた。
息が上がって、何を言っても言葉にはならない。ヒカルの口からは、短い切れ切れの音が漏れるだけだ。
「あ…はぁ…ト……ヤ…」


 ヒカルは宣言した通り、抵抗をしなかった。アキラの指が肌をなぞる感触に、少し身震いしたが、
自分でも危惧したような泣いたり叫んだりはしなかった。アキラの熱に抱き込まれて、恐れを
抱く暇もなくそのまま流されればいいと思った。
 だけど、アキラがヒカルの身体を俯せにしたとき、その誓いを破って泣いて抵抗した。
この期に及んで怖じ気づいたというわけではない。ただ…………。
 彼にしてみれば、ヒカルに負担が掛からないようにと、気を遣ったつもりだったのだろうが………。
「進藤………」
やっぱり無理なんだねと、身体を引こうとするアキラにヒカルは必死で訴えた。


(224)
 「ち……ちが…」
泣きながら激しく首を振る。背中に感じていたアキラの体温の代わりに、冷たい空気が肌を撫でた。
「無理しないで…」
アキラが離れようとしている…………ヒカルは離れかけた腕を強く掴んだ。
「いやだ……!ちがう…ちがう……!」
ヒカルは、アキラの手を自分の胸に抱え込むようにして、シーツに顔を伏せた。

 抱かれるのが嫌なのではない。この体勢が嫌なのだ。和谷に殴られ、無理矢理押さえつけられて、
背中から犯された。相手の顔も見えず、獣みたいな息遣いがヒカルの首筋にずっとあたっていた。
背後から無慈悲に自分を貫く男が、親友だと信じることが出来なくて、ヒカルはただただ泣いた。
その時のことは、思い出したくもない。止まってしまった時間の中で、それは、一生消えない
恐怖と苦痛をヒカルに与えた。
「顔……見えないの…やだ……怖い…とうやの…顔…見たい……」
しゃくり上げながら、やっと、それだけ言った。

 胸の下から、ゆっくりと手が引き抜かれた。
「あ…ダメ…」
追い掛けようと伸ばした手を捕られる。
「…………塔矢…」
アキラが指先にそっと口づけた。


(225)
 アキラの手がヒカルの肩と腰に添えられて、くるりと反転させられた。
「あ…」
いきなりだったので、ヒカルは驚いてしまって思わず目を閉じた。
 次に瞼を開いたとき、ごく間近に彼の秀麗な顔があった。薄暗い部屋の中は、全てがボンヤリと
して輪郭が闇に溶けてしまっている。現実にいるのか夢の中なのかわからない曖昧な空間に
取り残されたような錯覚さえ起きてくる。それなのに、アキラの顔だけは、目も鼻も口も
ハッキリと見えて、ヒカルは暫し陶然と彼を見つめた。
「ボクもキミの顔が見えた方がいい…」
アキラにも自分の顔がハッキリと見えているのだろうかと、不思議に思う。
 もしかしたら、本当に見えているのではなく、ヒカルの記憶に刻み込まれている彼の表情を
スクリーンに映しているだけなのかもしれない。そんな取り留めもないことを考えていると、
アキラがヒカルの腰を抱え上げ、足の間に自分の身体を滑り込ませてきた。
 いよいよその瞬間が来た。嬉しいような逃げたいような複雑な気持ちが、ない交ぜになって、
ヒカルは腰に添えられているアキラの腕を強く握った。アキラの顔を見たいと言ったくせに、
目をギュッと閉じ、顔さえ背けた。
 闇を通して、アキラが苦笑したような気配がした。



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