平安幻想異聞録-異聞- 227 - 228
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ヒカルとアキラは結界を越えて、かつて二条通りにその偉容を誇った座間邸に
飛び込んだ。壮麗な寝殿造りが今は見る影もない。
辿り着いた西門はすでに崩れていたので、壊れて倒れた壁を乗り越えて侵入する。
途端に異様に濃い瘴気が二人を包んだ。
まるで水の底にいるようだ。
「これだけ妖気が濃くては、奴の本体がどこにあるかもわからない!」
アキラが忌々しげにつぶやく。
「賀茂、俺、体が本調子じゃないからな。長期戦はごめんだぜ」
「わかっている」
二手に分かれて、敵の本体を探すことになった。賀茂アキラは西対屋を、
ヒカルは東対屋を。
アキラが天を指した。
「見つけたら、あれに手を振るかして知らせてくれ」
そこには黒い鳥が一羽。円を描いて飛んでいた。
「僕の方でも君に知らせる。くれぐれも、一人でどうにかしようなんて考えるな」
「おまえもな!」
お互いに無理をしないことを約束させて、馬を出す。
庭を突っ切り、ヒカルは騎乗したまま東対屋の建物の中へと乗り上げた。
破壊され、倒れた柱や瓦礫、床板の割れ目などで障害物だらけになった渡殿を、
ヒカルは目をこらし、あちこちを覗き見ながら単騎駆け抜ける。あの肉蛇の
本体はどこか。また、逃げ遅れた怪我人はいないか。馬の蹄が、いつもなら
楚々とした侍女達が行き来する廊下を踏みしだいてゆく。
馬の耳が不意に怯えたように後ろに伏せられた。ヒカルはそれを見て腰の
調伏刀を抜き、振り向きざまに確かめもせず薙ぎ払う。
後ろの天井の隙間からヒカルの背中を狙い澄まして飛びかかった肉蛇が、
空中で見事に真っ二つにされ、頭と胴体が別れて、焦げ臭い匂いをさせながら
床に落ちた。
見覚えのある区画に差しかかった。ヒカルはずぐに、それが、座間から与えられ
ていた自分の部屋の辺りであることに気がついた。
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廊下に積もる瓦礫が進路を妨害するのに、ヒカルは迷わず馬を部屋の方に入れる。
その瓦礫の中に光るものを見つけた。さっき肉蛇に奪われた調伏刀の鞘だ。
干からびた肉蛇の遺骸の口が銜えたままのそれを、ヒカルはその横を通り過ぎ
がてらに馬上から身を乗り出して拾い上げ、そのまま駆け抜けゆく。
自分がこの十日間捕らえられていたその部屋を、ヒカルは唯の一度も振り返らなかった。
調伏刀を、やっと手元に戻って来た鞘に戻すと、片手に手綱をまとめて持ち、その
鞘の太刀緒の紐を、もう片手で手探りだけで素早く腰に結わえ付ける。
そのヒカルの前方に三匹、肉蛇が立ちふさがった。背後にも二匹居るのが
気配で分かる。
ヒカルは小さく舌打ちしながら、もう一度太刀を鞘から引き抜き、馬を止めた。
対屋を探索しながら馬で駆け抜け、屋敷の中心の本殿にある座間の寝所まで
辿り着いたのは、賀茂アキラの方が先だった。来る途中で、やはりあの肉蛇と
やりあう羽目になったのだろう。狩衣の右袖が無惨に千切れている。
遅れてヒカルが到着した。
「悪い。遅くなった!」
「どうだった?」
「いない」
床下から、また一匹、板を突き破って蛇が出てきた。アキラが呪言を唱えると、
それが苦しげに痙攣して、床下に戻っていった。そうやって、彼は西対屋も
抜けてきたらしい。
二人は座間の寝所、そしてさらにその奥の北の対にまで、馬上のまま探索の
手を伸ばした。
だが、二人の行く手を邪魔するのは、今までと同じ肉蛇どもばかりだ。二人を、
特にヒカルを狙って群がって来るそれらを、アキラが術で縛り、ヒカルが端から
斬り伏せていく。
「もう、後から後から切りねぇよ! 空から振って来てんじゃないのか?!」
「それはない。蠱毒の異形は地の気を持つ魔物だ。どこか地面に穴を掘って
潜んでいることはあっても、空からは…」
二人は同時に閃いた。
地に深く開いた穴、すなわち。
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