平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 23
(23)
「え?」
「思い出したら、なんか辛くなってきた」
「ええ?」
「佐為〜〜〜」
寄りかかってくるヒカルを支えて、淵まで歩く。抱いていこうかと申し出たら、
そんなみっともない真似出来るかと怒られた。
鳥達が其処此処で鳴いている。初夏の萌える木々の緑は、佐為の白い狩衣さえ
その色に染めてしまう勢いだ。
鱒の影がいくつもよぎる淵に降りて、泥の跳ねた着物の裾を洗う。
走ったせいで、情事の後とは違った種類の汗に体がしっとりと濡れて、着物が
背に貼り付いていた。
それはヒカルも同じらしく潔く着物を脱ぎ捨てて、淵に入っていった。
「佐為も来いよ、汗流してるうちに着物も乾くさ」
ヒカルの言う通りだった。洗われた狩衣、指貫の裾は泥は大分落ちたが、水を吸って
随分と重くなってしまった。佐為も着物を脱いで、それを近くの沢胡桃の
木の枝にかけると水に入った。
ヒカルがじっとこちらを見ていた。
「なんです?」
近寄ってきて、佐為の胸に手を添えた。
「これ、昨日の? ごめんな」
昨日の最初の交わりで、ヒカルが快楽の辛さに引っ掻いてできた傷だった。原因は
自分なのだからヒカルが気にすることはないのだと言おうとして、佐為は息を詰めた。
ヒカルがその傷に舌を這わせたのだ。ペロペロと母猫が子猫にするように、
傷を舐め、それが時には乳首を掠める。眼下のヒカルの肩に昨日の情事の痕。
朝餉の後と同じ気分が蘇った。目の前の細い体を強く抱きしめて唇を奪った。
ヒカルの確信犯的行為であったことは、口付けの寸前に目に入った薄い笑みで
分かった。
それなら、と、ヒカルの体に散る花びらをひとつひとつ辿るようにきつく
吸い上げると、ヒカルは佐為を押し倒す勢いで体を寄せてきた。実際にすぐ後ろの
岩に押し付けられて、ヒカルと岩の間で身動きが出来なくなる。
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