白と黒の宴4 23 - 24
(23)
日頃からアキラは対局の一つ一つを常にヒカルを意識してこなして来た。
自分の残した棋譜をヒカルが見る。それを元に2人で検討する。今までそうやってきたのだ。
そしてこれからも常にヒカルの先導となって進みたい。
そのヒカルが自分の手から離れて誰かを追うなど、ありえない。
―そんな事は、許さない…!
相手を誘い、罠に引き込むようにして隅から中央へとジワジワと追い詰める。
序盤こそ余裕の表情を見せる事もあったが中国の大将の調子は今一つだった。次第に視線に
落ち着きがなくしきりに指を口元に運んで唇や顎に触れさせる。
ぶつぶつと何か呟きながら盤面とアキラの顔を見比べる。
あの塔矢行洋の息子だという事はわかっていたが、ここまでやるとは思っていなかったという
焦りの表情が出ていた。
それでも逆にこちらがその事で優位に立てたと感じて一つ遅れをとれば間違いなく一瞬で
巻き返されてしまうだろう。油断は出来ない。
アキラは出来うる限りの集中力で相手の手をかわし先を読み取り、最終的に勝利をもぎ取った。
スポーツの試合と違って観客の歓声や拍手やどよめきが周りにあるわけではない。
まず目眩がするほどの極限的な緊張感から抜け出るために目を閉じてゆっくり呼吸を整える。
座っているのに地面がグラリと回転するような浮遊感がした。
この後に続けて韓国戦がない事にホッとする。敗北感を抱えたまま高永夏と戦う相手が
多少気の毒に思えた。
意識を現実に引き戻してアキラは周囲を見回す。
「…進藤は…、社は…?」
(24)
中国の三将は社からするとほとんど幼稚園児ほどに幼く見えた。
天使のような愛らしい瞳でちょこんと椅子に腰掛けた中国チームの三将のその相手は、
座高が足りなくて椅子に厚めのクッションをひいて貰っていた。だが、石を持った瞬間に
ほとんど別人のような存在感で攻撃して来た。
碁盤を挟んで向き合う表情は大会の規模を把握している様子もなく澄んで穏やかだ。
そんな相手を無意識に顎を突き出して睨み据えている自分の顔気付いて社がピシャリと
自分の頬を叩き、元に戻した。その相手は一瞬きょとんとしたがにっこり微笑んだ。
(お前を笑わしとんちゃうわ…!)
悪い手を選んでいるとは思わなかったが、相手が上手なのだ。
こちらが打つ手からするりとすり抜けて手痛い一撃を与えて来る。
(…可愛らしい顔しとるが中国の代表の1人や。つくづく見た目やないと思う…)
アキラと打つようになってそれを感じた。
平素の物腰や雰囲気なぞ、相手の棋風や実力に何も結びつかない。
昔の自分だったら、相手を見くびっていた事に動揺し、足下をすくわれるようにして一気に
勝負を持っていかれたかもしれない。
だが、今の社には自分の実力を見極める冷静さが養われていた。
(やはり…あかんかもしれん…)
追いつけないと打っている途中で感じた。アキラに勝つと約束したつもりだったが、
強敵過ぎる。ただそう思いながらも焦らず最後まで冷静に打ち切る事が出来た。
(これが現実なんや…アジアでの日本の…オレの…)
アキラとヒカルの対局が静かに続いている中で社は頭を下げた。
「…ありません」
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