Trick or Treat! 23 - 24 
 
(23)
 
しばらくの沈黙。 
照れ臭くて目を開けられたものではない。 
自分の下でアキラが小さく息をつく音が聞こえた。 
それっきり何も反応がないのを不審に思ってそろそろと目を薄く開くと、 
眼下には見慣れた大きな黒い目があり、それがぐんぐんぐんぐん近づいてくる。 
――だからちょっと待て!今コイツとオレの距離は何cmになってるんだ? 
そう思った瞬間長い睫毛がパサリと閉じて、 
緒方の唇にあの日と同じ、優しいアキラの唇が押し付けられた。 
 
「・・・・・・」 
「・・・・・・」 
ちゅっ、と小さな音を立てて唇が離れ、アキラの上体がばふりとベッドの上に倒れ込んだ。 
腹筋だけで身を起こす体勢で口付けていたため、長く保たなかったらしい。 
「はぁ・・・」 
腕を左右に大きく投げ出し、天井を見上げてアキラが溜め息をつく。 
何だか疲れたような、清々しいような顔で微笑んでいる。 
「おい――」 
それだけか? 
このオレがあんな恥ずかしい思いをしてあんな台詞を言ってやったのにそれだけか? 
と心に思う。 
だが清々しく微笑んでいたアキラの瞳は見る見る潤み、 
両の目尻からポロリと水が零れたかと思うと、アキラは枕を抱え顔を隠してしまった。 
「どうした」 
「・・・・・・」 
アキラは答えず、枕の下で声を殺して泣いている。 
枕をぎゅっと掴んでいるこの手も、あの頃に比べれば随分大きく育ったものだ。 
「じゃあ、・・・嬉しいのか嫌だったのか、二択で答えろよ。・・・どっちだ」 
「・・・れし、・・・れしっ、・・・うれしいです・・・」 
ひどくしゃくり上げながら枕の下のアキラが答えた。 
「・・・嬉しいなら、そんな枕なんかよりオレに抱きついて泣け」 
枕を部屋の隅に放り投げ、キラキラと涙に濡れた瞳と目が合うと、どちらからともなく唇が触れた。  
(24)
 
まだ時折小さくしゃくり上げながら、アキラは必死で緒方の唇に吸い付いてきた。 
泣くことで熱を持った吐息が、ふっ、ふっ、と癇癪を起こしたような声と一緒に洩れる。 
ぐいぐいと引き寄せられしがみつかれる首や背中が痛いほどだ。 
「・・・おまえ、そんなにキスが好きだったのか?」 
いつになく積極的なアキラに面食らいながら、だったら今までセックスをした時にも 
もっと唇に触れてやればよかったと思いつつ緒方は呟いた。 
アキラはまた泣き出しそうな顔になって、 
キスが好きなんじゃなくて緒方さんとするキスが好きなのに、と言った。 
アキラが言い終わるのを待たずに口付けた。 
 
唇を吸っては触れるだけのキスから、舌を差し入れて温かな中をゆっくりと 
掻き回してやると、アキラの舌がぴくんと起き上がって絡み付いてくる。 
濡れた音を立てながら動きの不自由な口腔内での交歓を続けるうち、 
溜まった唾液がアキラの唇の端から零れて、吐息には湿った甘い熱が混じり始める。 
それを見て取った緒方は一際優しいキスをアキラの上唇に施してから顔を離し、 
舌の代わりに右手の指を一本濡れた唇の中に滑り込ませた。 
 
「んっ、・・・」 
「しゃぶらなくていい。そのまま、口を開いておけ」 
口腔の内部に溜まった唾液を指に掬い取り、赤い唇の裏側のごく浅い部分を 
細かな動きで掻くように何度も擦ってやると、アキラの首から肩にかけてが 
目に見えてびくりと竦み、首の後ろに回された両手に力が込められた。  
 
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