平安幻想異聞録-異聞- 23 - 24
(23)
佐為は言葉通り、ヒカルと一緒に牛車で近衛の家に行くと、
そのまま居座ってしまった。
藤原佐為といえば、今や権勢を誇る藤原一派の中でも
最重要人物といっていい人間だ。
そんな人間に予告もなく上がり込まれたヒカルの母は、
何か失礼があっては大変と右往左往して、祖父にたしなめられていた。
本来の家長であるヒカルの父は、ヒカルと同じく検非違使を勤めていたが、
若くして殉職した。だから今は一人息子であったヒカルがこの家の家長だ。
そのヒカルは、今、静かな奥の間に整えられた床に伏していた。
横には佐為が礼儀正しく座って、にこにことヒカルの顔を見下ろしている。
当のヒカルは、やはり住み慣れた家に帰って気が抜けたのだろう。
着いてすぐに再び高熱を出し、薬を飲まされて、今は床で寝息を立てていた。
時折、薄目を開け、そこに佐為がいるのを確かめると、
また安心したように目を閉じる。
そんなことの繰り返しだった。
ヒカルは、うつらうつらと眠りながら、すぐそばの佐為の気配を
感じていた。
熱のせいか、意識が雨雲に包まれているみたいに不明瞭で重い。
あまりに鬱陶しいので、せめてその雲の紛れをさがそうと歩き回ると、
何かに足首を捕まれた。足元を見るとそれは座間だった。
頭と手だけが地面から生えるようにしてヒカルの足に絡みついている。
(24)
振り払おうと体をよじると今度は手首を誰かにつかまれ、
まさかと思ってみれば、そこには菅原の顔。
自由になるほうの手で、捕まれた手首にからみつく菅原の手の指を
一本一本引きはがそうとするうちに、座間がその手を足首からふくらはぎへ、
ふくらはぎから太ももへと這い登らせてくる。
せめてその座間の顔を叩ききってやろうと太刀を探すが、
腰にあるはずの太刀がない。
ヒカルは必死で太刀を探す。
あれは父上から譲り受けた大切な品なのに。どこへやってしまったんだろう?
ヒカルの太ももをなで回しながら座間は笑う。
「佐為殿ももったいないことをする。このような美味い肴を据膳にして喰らわぬとは」
「佐為がそんなことするもんか!佐為と俺はそんなんじゃない!!」
「何を言う。佐為殿にもかわいがられておるのだろう?ここも…ここも…」
言いながら、座間の手は太ももをさらにはい上がり、せまい股の付け根へと……
「やめろ!」
自分の声に驚いてヒカルは目を覚ました。
佐為が心配そうに、こちらをのぞき込んでいる。
手は強くヒカルの手を握ってくれていた。
「大丈夫ですか?」
そういって、形の整った綺麗な指が、ヒカルの目じりをやさしく拭った。
「オレ、泣いてた?」
佐為はそっと微笑んだ。
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