落日 23 - 24


(23)
辛そうな目をしていた。
どうしてそんな顔をするのだろうと思っていた。
内裏で何か嫌な事があったのか。貴族どもの妬み嫉みから嫌がらせでも受けたのか。
そんな風に軽く考えていた。
「苛められたら俺の所に来いよ。慰めてやるから。泣きたかったら頭撫でてやるから。」
そんな事を言った。
でもそんな簡単な事じゃなかったんだ。
俺は何も知らなかった。
政治というものがどんなものなのか。
雅できらびやかに見えた宮中にどんな闇が渦巻いていたのか。
妬みと欲が、羨望と憎悪が入り混じった時、ひとはどれ程まで醜く汚くなれるものなのか。


どうして、どうしてだ、佐為。
なぜ一言、言ってくれなかった。
なぜ、俺には何も言わずに、俺を置いてひとり逝ってしまったんだ。
そんなに俺は頼りにならなかったのか。
俺は何も知らなくて、俺は馬鹿で無力な子供だった。何の力も持ってなかった。
だから佐為は何も言わなかった。何も言わずにひとりでいってしまった。

知っていたらどうしたろう。
わかっていたら引き止められただろうか。
あの時俺がちゃんとわかっていたら。
そうしたら何かできただろうか。何か言えただろうか。
どうしてももう都にはいられないと言うのなら、それなら二人でどこかに行こう。
そんな風に言えただろうか。


(24)
一緒に逃げよう。
都なんて、貴族なんて、どうでもいいじゃないか。
おまえには碁があればいいし、俺にはおまえがいればいい。
おまえは碁を打つ以外は何にもできない奴だけど、俺が魚をとったり、畑を耕したりするから、それ
で何とかなるだろう。俺の碁の腕じゃおまえには物足りないかもしれないけど。
そうだ。あいつがいいって言えば、賀茂も一緒に連れてこう。そうしたらおまえはアイツと打ってられ
るし、それに賀茂がいたら怖いのものなんてないさ。盗賊やひとを襲う獣は俺の剣でぶった切って
やればいいし、妖怪や鬼が出たら、賀茂が祓ってくれる。

おまえがつまんないズルをしたなんて言う奴なんか、どうでもいいじゃないか。そんな奴は放って
おけばいい。おまえはそんな事する奴じゃないって、俺は知ってるから。だから、おまえを責める奴
らなんて、おまえをわかってない帝なんて、都なんて、こっちから捨ててやれ。
捨ててしまえ。そして一緒に都を出よう。
俺とおまえと二人なら大丈夫だ。
二人じゃ心細かったら賀茂も誘ってみよう。



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