誘惑 第三部 23 - 26
(23)
「塔矢…」
心地良い脱力感を感じながら、アキラの細い身体をそっと抱きしめると、回された腕にきゅっと力が
こもる。重なり合った胸の間で響く心臓の音がシンクロする。
ゆっくりと治まりゆく鼓動を感じながら、ヒカルは深い息を吐いた。すると、アキラの手がヒカルの髪を
梳きながら顔を上げさせた。
「進藤、」
アキラはヒカルを見上げてにっこりと微笑んでいた。
涙が出そうだ。
「…好きだよ。」
小さく首を傾げて言うその表情があんまり優しくて、耐え切れなくなって、顔を隠すように、また抱き
しめた。そして抱きしめた感触に、アキラの細さを唐突に思いだす。
「ごめん、オレ…」
「…なにが?」
「なんか、つい、夢中になっちゃって…あんな事、言ってたくせに…」
「バカだな…」
耳元でアキラがクスクスと笑い、その息がヒカルの耳をくすぐる。
「このくらいで壊れやしないって、言っただろ?何ならもう一回やる?ボクはまだまだ平気だけど?」
「う……」
しばし逡巡した後に、ヒカルはボソッと答えた。
「今日は…もう、充分…」
だって、おまえ、やっぱなんかキツそうだもん。そう言ったら怒るだろうから言わないけど。
「なんだ、残念。」
「そんなにがっつかなくたって、これからいくらでもできるだろ?」
「それはそうだ。」
ヒカルの耳元で可笑しそうに笑うアキラが愛しかった。だから、アキラの耳にそっと口づけて、囁いた。
「塔矢…好きだ…」
「…うん。」
同じようにくちづけが返ってきた。
(24)
浴室から出ようとした時にアキラの足元がよろけた。
「塔矢!?」
崩れそうになるアキラの身体をヒカルは必死で支えた。
「…大丈夫、ちょっと、貧血…」
それ見ろ、と、実は心の中では思ったけれど、口には出さなかった。
バスタオルでアキラの身体を包んで抱えるようにして部屋へ戻り、ベッドの端に座らせて、パジャマ
を着せてやった。アキラは大人しくヒカルのされるがままになっていた。
服を着せてもらって、子供のようにヒカルを見上げるアキラがとてつもなく可愛く見えて、思わず頭
を抱きしめた。
腕の中でアキラがくすっと笑ったような気がした。
「髪、乾かさなきゃな。」
そう言って、後ろから抱え込むように座って、アキラの髪にドライヤーをかけはじめた。
温風を当てて乾かしていくだけで、アキラの髪はいつも通りのまっすぐのサラサラな髪に戻っていく。
「オレ、おまえの髪、いじってみたかったんだ。」
ヒカルは手の中の髪の感触を楽しみながら、丁寧にアキラの髪を乾かしていった。
「熱くない?」
「うん。」
こいつの髪って、ホントきれいだな。そう言えば寝癖がついたりしてるのも見たことないや。
つやつやで、サラサラで、イイ匂いがして。
乾ききったアキラの頭を抱え込むようにして胸に抱くと、アキラがくいと顔を上げた。
見上げるアキラと、覗き込むヒカルの目が合う。
そのままヒカルはアキラの額にチュッと軽く音を立ててキスをした。
(25)
「おまえのパジャマ、借りるぜ?」
言いながら引き出しから引っ張り出したパジャマを着る。普段はジャージやTシャツで寝てるので何
だかヘンな気分だった。塔矢のパジャマ。塔矢の匂いがする。
それから、ベッドに潜り込むと、アキラが抱きついて頬にキスしてきた。眩暈がするほど幸福だと感じ
た。このまま二人で抱き合ったまま朝まで眠っていられるなんて。うっとりと夢見心地になったヒカル
から、アキラの身体が離れる。
怪訝な顔つきでアキラを見るヒカルに、アキラが言う。
「ねえ、進藤、パジャマ脱いでよ。」
「…ん?」
「だって折角キミがここにいるのに、キミが感じられない。」
横になったまま、ヒカルをじっと見つめて、続ける。
「キミを一番近くに感じていたいんだ。服なんか邪魔だよ。」
「んー…」
それもそうかも、と思ってヒカルは身体を起こし、パジャマを脱いで下着一枚でアキラに寄り添おうと
した。が、それでもまだアキラは足らずに文句を言った。
「全部。」
何を言うんだ、こいつは、と、ムッとした顔でヒカルはアキラを見た。
「じゃあ、おまえは?」
「ボクのも脱がせて。」
甘えたような声でアキラが言う。
「おまえなあ…」
「着せたのはキミだろ。ホラ、」
そう言って両手を差し伸べる。
ボタンを一つ一つ外して行くと、何だかヘンな気分になってくる。
ましてや下も全部脱がせろなんて、オレにも全部脱げなんて、どういうつもりだ、こいつは。
何となく目をそらせながら服を脱がせていくヒカルを見て、アキラはクスクスと笑った。
(26)
皮膚の表面は少し冷たくて、触れた瞬間にはヒヤッとするけれど、ずっと触れ合っていると、
その下の体温が感じられて、暖かいを通り越して熱いくらいだ。その熱が伝わって、こっちま
で熱くなってくる気がする。
だがその熱に別のものが混ざり始めて、ヒカルが戸惑いがちに、小声でアキラを咎める。
「ちょ、ちょっと、塔矢…」
「なに?」
「オレ、眠いんだけど…」
「そう?」
「やめろよ…おまえ…」
「いやだね。」
「もう寝るんじゃなかったのか?」
「誰がそんな事言った?」
「や…めろって…塔矢…!」
「やだ。やめない。」
「おまえ、いい加減にしろよ、動けないとか言ってたくせに、ウソだったのかよ?」
「ホントだよ。ボクん中で元気なのはここだけ。」
思わず身を起こしかけたヒカルをアキラはそのまま抱き寄せる。
「だって今日はまだキミの中に入ってない。まだキミを感じたりないんだ。」
「やっ…めろ、ってばぁ…」
そう言いながらも、ヒカルの中をかき回すアキラの指に、ヒカルは自分自身も熱くなってきて
いるのを感じていた。
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