平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 23 - 26


(23)
あかりが、男と寝るのが初めてなのは、最初に侵入を果たしたときに辛そうにしかめた
顔でわかった。
そのまま一気に進んでしまったほうがいいのか、それともゆっくりしたほうがいい
のか分からなくて戸惑っていたら、あかりが涙目のまま黙って首裏に手を回して
きて、結局ヒカルは、その時起こった衝動のままにあかりの壊れそうに細い腰を
力一杯引き寄せて、最後まで入れてしまった。プツリと糸を切るような感触がして、
次にはねっとりと絡みつくような媚肉に包まれていた。
この幼なじみをこんなに可愛いと思った事はなかった。
初めてなのだからもっと優しくしてやりたいと思ったのは、ほんの数瞬で、後は闇雲に
最後まで突き進むことしかできなかった。
終わるとそのまま、二人は緊張と疲れで寝てしまい、目が覚めたのは一番鶏の声が
する頃。
抱きしめあったまま、一枚の単衣を肩にわけあって寝ていた二人の間に晩秋の朝の
冷気が忍び込む。
「ヒカル、起きてる?」
まだ寝ぼけ眼のヒカルに、あかりが意外にしっかりした声をかける。
夜明け前の暗がりで、部屋には灯明も持ち込まれていなかったから、彼女がどんな
顔をしているかはわからなかった。
その暗闇の中で、あかりがぽそっとつぶやいた。
「なんか、ヒカルが優しくて意外だった」
「…そうかな…」
「うん」
自分はまともに性交渉を伴う付き合いをしたのは佐為だけだったから、抱かれた
事はあっても抱いたことはなく、そういう意味ではヒカルも始めてだった。だから
と言っていいのか、あかりの重さを腕に感じながら頭に描いていたのは、佐為との
秘め事だったと思う。自分と佐為の閨事には綺麗な思い出しかなくて、無意識に
佐為のやり方をなぞっていた。自分のやり方をあかりが優しいと感じたのなら、
それは佐為がヒカルに優しかったからだ。


(24)
「友達に、初めてのときは痛いわよー、辛いわよー、って散々脅されたけど、そうでも
 なかった気がする」
宮中の女房というのは、男の目のないところでいったいどんな会話をしているんだろ
う……。少し呆れながら手探りで単衣を探していたら、胸元に何か押し付けられる
気配がした。
あかりがそうしてよこしたのは、まさにヒカルが探していた、その単衣で。
「ほら、着物来て、早く帰んないと…!」
そういえば、こういう場合、男の方が夜が明ける前に帰るのが礼儀って奴だっけ、
と考えながら身を起こす。やっぱり、男でも女でも不倫や数人掛け持ちなんてのも
多い世の中だし、誰かの家から帰るところを男が見られるのはまずいもんな、とか
思いながら着衣を整えていたら、焦れたのかあかりが手伝ってくれた。でも、なんだか
追い出したいみたいなその態度に、少しムッとして抗議したら、「そういう問題じゃ
ないの! 陽が出てきたら、部屋も明るくなって、顔が見えちゃうでしょ。私、今、
お化粧も取れちゃってるし、髪もぼさぼさだし、酷いんだから。そういうのが見える
ようになる前に帰るのが男の心使いってもんでしょう!」と、密やかな声で怒られた。
そうか、男が陽が出る前に帰らなきゃいけないのってそういう問題だったのかと、
ヒカルは初めて知った。
暗闇で、自分の喉元に触れる着物を整えるあかりの指の感触が、小さく胸を騒がせる。
「別に今更、化粧落ちてお化けみたいなお前の顔見たって、驚くかよ」
「なによー、ヒカルのバーカ」
十年も前から二人が繰り返して来た当たり前のやり取りだったが、こうして闇の中で
声を殺して交わされると、まるで睦言のように聞こえるのが不思議だった。
ヒカルは家人を起こさないように、そっと夜明け間際の庭に降りた。庭に面した廊下
まで、あかりが見送りに来てくれた。
東の空に明けの明星だけがいやに明るく光っていて、地面にうっすらとヒカルの
影を落とした。
「あ、そうだ……」
重大な事に気付いて、ヒカルはあかりを振り返った。


(25)
あかりはそれだけで分かったように、ヒカルに言った。
「歌はいいから」
男女が寝所を共にした後は、男がその想い人に和歌を送るのが慣わし。出来れば、
その日の朝のうち、早ければ早いほどいい。反対に遅くなるのは失礼に当たる。その
夜から三日しても歌が来なかったからと、絶望して出家してしまう姫君がいるほどに。
「ヒカルにそんなの期待してないよ。白紙で送ってくれればそれでいいから」
まだ日の明ける前の薄暗がりで、あかりが笑った気配が伝わってきた。ヒカルも笑う。
きっとこちらの気配も、向こうに伝わっただろう。
東の空が白くなり、青く透明に染まった朝の空気の中を、ヒカルは帰路につく。
家に帰り着いてから、出来るだけ綺麗な料紙を厨子棚の奥から探しだし、白紙のまま
折ると、馬の世話に来ていた使用人を捕まえて、帰りに藤崎の家にそれを届けてくれる
ように頼む。帰り道で手折ってきた白い野菊を一輪添えて。
そして、その朝。それと入れ違いに近衛の家に一通の書状が届いた。
衛門府から。
伊角信輔の警護を任じる辞令であった。


(26)
昼過ぎに伊角の屋敷に現れた近衛ヒカルは、きちんとした正装をしていた。
浅葱の袍に、飾り太刀。
ちょうど腰のくびれた辺りにやなぐいを負ったその立ち姿が、なんとも色っぽい
気がして、伊角は牛車の中から見惚れた。
「さすがに、伊角さんの警護は初めてだからね。いつもの格好で行こうとしたら、
 最初ぐらいちゃんとして行けって、じいちゃんに怒られちゃったよ」
そう言って、ヒカルが笑顔を見せる。
話をきくと、初めて藤原佐為の警護に行った時はその藤原佐為がまだ無位無官だった
から、最初から身軽な狩衣姿だったらしい。
そして、その話をしてから伊角は少し後悔する。
佐為の名前を出すときに、ヒカルが苦しそうな顔をしたからだ。
しかし、それを口に出して謝ったりしたらさらにヒカルを傷付ける気がして、その
まま黙っていた。
牛車で内裏へと進む道すがら、ヒカルは他の随身達とともに徒歩で伊角に付き従う。
行き帰りの警護を固める随身達は、伊角の父の代からのおかかえの衛士が殆どで、
平均年齢は三十代から四十代。その中で、若いヒカルの姿はいやがおうにも目立った。
内裏に辿り着くと随身達は下がり、伊角は近衛ヒカルだけを脇に付き従えて殿上に昇る。
朝から、まさに夢にまで見た近衛ヒカルを傍に置いていることに、意味もなく浮かれて
いた伊角だったが、そこに来て自分のあさはかさを心底呪うことになった。
いつも自分をとりまく空気と、何かが違う。
その原因が近衛ヒカルであることはすぐにわかった。
あいさつをする貴族達の、あるいは女房達の自分に向けられる視線は、普段と変わ
らぬ、地位あるものに向けられる敬意に満ちたものなのに、後ろの若い武官を目に
したとたんに、その意味が変わる。



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