日記 231 - 235


(231)
 アイスとスプーンを手に、アキラはすぐに戻ってきた。
「あ!高いヤツ…!」
ヒカルはつい叫んでしまい、慌てて、口を押さえた。
 アキラがそんなヒカルを見て、ちょっと人の悪い笑みを浮かべた。
「そうだよ。キミ、いつもこれを買いたそうにしていたよね?」

 二人でコンビニに出かけて、あれこれ見て回るとき、ヒカルはいつもこのアイスの入った
冷蔵庫の前で止まる。他の安いアイスクリームの入った冷凍庫とは、少し格が違うというか
高級そうな雰囲気を全体から、醸し出していて、ヒカルを誘惑するのだ。値段は、たかだか三百円そこそこ。
ヒカルにとっては、ちっとも高い買い物ではない。むしろ、安すぎる。それなのに、どういうわけか、
いつも、さんざん悩んだあげくやっぱり百円のアイスを買ってしまうのだ。
 不思議なことに毎回同じコトを繰り返し、アキラに呆れられていた。
「どうして買わないんだ?」
その呆れ声に、バツが悪そうに
「………だって……」
と、口籠もることまで、毎回同じだった。
 ヒカルにも理由はよくわからない。でも、憧れていたものを手に入れてしまうと、その思いが
急に薄れてしまいそうな気がした。それは、アイスのことではなく、もっと別の何かに対して、
そんな思いを抱いていたのかもしれない。

 アキラがアイスのフタを開けるのを見て、それくらい自分で出来るのに、と内心少し不満に
思った。彼はそれをヒカルの目の前にかざした。
 ヒカルはアイスを受け取ろうと、手を伸ばしたが、アキラは渡してくれなかった。
「なんだよ…?」
ムッと睨み付けたが、アキラはニヤニヤ笑ったままアイスにスプーンを突き刺した。
 何?と、キョトンとしていると、アキラはそれを一匙すくい、ヒカルの口元に差し出した。
「はい。口開けて。」


(232)
 アキラの行動にヒカルはどう反応すればいいのか、わからなかった。ビックリしたまま固まる
ヒカルに、アキラは再度促した。
「ホラ、溶けちゃうよ…」
 怖ず怖ずと口を開けると、そっと冷たいスプーンが差し込まれ、口の中に甘くて優しい味が
広がった。
「美味しい?」
「うん………甘い…」
その言葉に、アキラは満足そうに頷くと、ヒカルの口にせっせとアイスを運んだ。
 そう言えば、ちょっと前に緒方が同じように、スープを飲ませてくれた。緒方にも、暫く
会っていない。
「どうしたの?」
「………緒方先生に、謝らないと………」
アキラと仲直りしたこと(ヒカルが一方的に避けていただけなのだが)を伝えれば、また、
以前のように会ってくれるだろうか?
 そんなことを考えていたが、アキラの視線を感じてハッと顔を上げた。こうしてアキラと
居るのに、緒方のことを考えたりしてアキラは不快に感じたのではないだろうか………
 だが、意外にもアキラは神妙な顔つきで、
「今度二人で会いに行こうか?ボクも謝りたいことが………」
と、言った。
 ヒカルが「何を?」と訊ねたが、彼は曖昧に笑うだけで教えてはくれなかった。


(233)
 「それより、まだ残っているよ。」
と、話はそこで打ち切られて、それ以上追求することも出来ず、ヒカルは大人しくアイスを
食べる以外なかった。
 アキラも黙ってヒカルを見ている。目を細めて、愛おしそうにヒカルを見つめる。なんだか
居心地が悪い。不快だからではない。ドキドキして、勝手に頬が熱くなるのだ。沈黙が息苦しくて、
ヒカルは何とか会話の糸口を探ろうとしていた。そして、ずっと頭の隅に残っていたコトを
思い切って訊いてみることにした。
「あのさあ…」
「何?」
ヒカルは身体をもぞつかせて、言いにくそうに口籠もった。
「………オマエさあ…さっき…オレのこと………」
「うん?」
「………………“ヒカル”って呼んだ?」
どうしても訊きたい。ヒカルは追いつめられたような切ない気持ちで、アキラを見つめた。

 「………え?…あ………!」
アキラは狼狽えていた。頬が見る見る紅くなる。
「ゴメン…つい………嫌だった?」
彼は、失言したと言わんばかりに、口に手を当てて、ヒカルから目を逸らした。
「ち、違うよ!イヤじゃネエよ………!」
自分の気持ちを誤解されてヒカルは、慌てて否定した。
「オレ………うれしかった………」
「本当に?」
ヒカルはコクンと頷いた。
アキラがホッと息を吐いたのを見て、ヒカルもタオルケットの端を弄りながら言いにくそうに
呟いた。
「オレも……………かな?」
「え?」
ヒカルの声は小さすぎて、アキラに届かなかったらしい。真顔で聞き返されて、ヒカルは真っ赤に
なってしまった。
「な、なんでもネエ!オレ、もう寝る!」
と、照れ隠しに叫ぶようにして言い放つと、そのまま頭からタオルケットをかぶった。


(234)
 いきなり、ヒカルに怒鳴られて、アキラは驚いた。さっきまで、いい雰囲気だったのに、
突然どうしたというのだろうか?当の本人は、ベッドの中に潜り込んでしまって、出てこない。
―――――もしかして、また、調子が悪くなったのだろうか?
 そういえば、さっき顔が少し赤かったような気がする。
「進藤、気分が悪いの?熱は?」
タオルケットを剥がそうとしたが、ヒカルはそれをギュッと身体に巻き付けて離さない。
「進藤………」
途方に暮れて、情けない声が出てしまった。
 すると、ヒカルがそっとタオルケットからそっと顔を覗かせた。すかさず、右手を伸ばし、
額にあてた。
「熱はないみたいだね………」
ヒカルの額に手を置いたまま、ふぅっと溜息を吐いた。今日だけで、何度溜息を吐いただろう。
『進藤に振り回されるのは、キライじゃないけど………こういうのは、精神的にキツイかも……』

 そのアキラの手に、柔らかくて温かいものがそっと触れた。ヒカルが、自分の手をアキラの
それに重ねたのだ。
 彼は、アキラの手を取り、自分の目の前に持ってくると、マジマジと見つめた。両手で、
包むように、掌や指先をなぞる。以前、自分がヒカルにしたように、彼も丹念にアキラの手を
検分している。
「進藤?」
訝しげに問いかけたアキラに、ヒカルはにこっと笑い返した。


(235)
 「オマエの手………でかいなーと思ってさ………」
「え?」と、空いている左手を思わず見てしまった。自分では、よく、わからないが………
「でかいよ。ホラ!」
ヒカルが、右手を差し出した。それに、自分の左手を重ね合わせてみる。
 なるほど、彼のいう通り、指も掌もヒカルより一回り大きい。
「な?」
「うん………」
うれしそうに笑うヒカルに、自分も笑みを返した。


 いつも、大きな手が欲しいと思っていた。ヒカルを掌で遊ばせてやれるぐらい大きな手が。
もちろん、“大きな手”というのは、実際の大きさではなく、ただの象徴であることはわかっている。
 それでも、自分がいつの間にかそれを手に入れつつあるということ………大人に近づいて
いるということがうれしかった。
 自分でも気付いていなかったことを、ヒカルに教えられたことが何よりもうれしい。
「緒方さんと同じくらいかな?」
「ん〜〜〜まだ、ちょっと小さいかも……」
 クスクスと笑うヒカルの耳に唇を寄せた。
「ね…さっき、なんて言ったんだい?」
 ヒカルは、視線をあちこちに彷徨わせ、言いにくそうに、口籠もった。先程と同じように、
ヒカルの頬は、紅く染まっている。
「ねえ。」
アキラに促され、ヒカルはますます頬を紅くした。ブツブツと何か口の中で呟いていたが、
アキラの方に顔を向け、本当に小さな声で囁いた。

―――――オレも、“アキラ”って呼んでもいいかな?

 ヒカルをタオルケットごと抱きしめた。



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